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<帰還へ浪江町模索>離れても 地元愛育む

「セカンドスクール構想」のイベントで、福島県浪江町伝統の大堀相馬焼作りに挑戦する児童=11月19日、二本松市

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難の長期化で、帰還意欲の低下が大きな課題となっている。福島県内の被災自治体は住民を故郷につなぎ留めようと模索する。すぐには無理でもいつか戻ってきてほしい−。県内外に約2万人が避難する福島県浪江町の取り組みを通じ、現状とこれからを探った。(福島総局・高橋一樹)

◎つなげ、ふるさと(下)セカンドスクール構想

<郷土料理を作る>
 福島県浪江町を流れる請戸川の秋は豊かだ。
 「たくさんのサケがさかのぼってね。川が真っ黒になったんだよ」
 地元の女性が語るふるさとの風景は、地元出身の子どもたちには新鮮だった。
 11月中旬、二本松市の公民館で、浪江の文化を伝える催しがあった。市内には東京電力福島第1原発事故で全町避難する浪江町が仮役場を置く。
 避難先の小中学校に通う5組の親子計17人が参加。サケの入った郷土料理「紅葉汁」を調理しながら聞いた請戸川の話に、子どもたちは「いつか見てみたい」と目を輝かせた。
 催しは町の校長会などが企画した。町が本年度に打ち出した「セカンドスクール構想」の一環。区域外で就学していても「浪江の子」を意識してもらう試みだ。
 原発事故から間もなく6年。避難先が「1番目の地元」となる子どもが増えている。「2番目でもいいから浪江との関わりを保ち続けてほしい」。担当する津島中の反畑増生校長(53)は切実な思いを抱く。

<再開は3校だけ>
 かつて町には小学が6校、中学が3校あった。原発事故で6校が休校となり、浪江、津島の小学2校と浪江中が二本松市で再開した。
 本来なら約1600人いるはずだった児童・生徒は再開当初60人ほどに減った。その後も年々減り続け、3校の児童・生徒は30人を切った。
 休校となった学校は「再会の集い」を開いてきたが、参加者が徐々に減り、規模を縮小せざるを得なくなった。
 今年は津島小と津島中が7月に開いただけだった。反畑校長は「保護者や高校生は再会を喜び合ったが、連れてこられた児童たちはお互いを知らなかった」と振り返る。

<故郷知る機会に>
 それだけに「セカンドスクール」への期待は大きい。
 福島市に避難する長岡裕子さん(49)は「子どもには生まれ育った地を知ってほしい」と願い、小学3年の樹希(たつき)君(9)と公民館での企画に参加した。
 「子どもは震災後、浪江に入っていないし、普段浪江を知る機会はほとんどない。イベントがあればまた参加したい」
 長岡さんのように考える親は決して多数派ではない。参加者には町職員の親子も少なくなかった。
 町内の避難指示は来年春、帰還困難区域を除いて解除されるが、町教委は町内での学校教育再開の目標時期を示していない。再開後にどれだけの児童・生徒が集まるかも分からない。
 「今回集まった子どもたちから、少しずつ輪を広げていく。たとえ帰還しなくても、ふるさと・浪江を思ってくれる子どもたちを増やしたい」と反畑校長。故郷を次代につなぐための模索は続く。


2016年12月17日土曜日


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