山形のニュース

福島の悲劇、書に込め 苦悩や葛藤ありのままに

個展に並べた作品について解説する佐藤さん(左)

 東日本大震災を南相馬市原町区で体験し、福島県内外数カ所で2カ月余り避難生活を送った東北芸術工科大4年の佐藤香奈江さん(22)=山形市=が11月、山形市で書の個展「生きる」を開いた。震災の苦悩や葛藤をありのままに表現。「福島の悲劇を忘れないで」と、今も精力的に作品を生み出し続ける。

 佐藤さんは2013年、同大総合芸術コースに入学した。自身の経験を初めて書で表現したのは3年生の冬。東京大空襲を題材にした書家井上有一の作品「噫(ああ)横川国民学校」を知ったのがきっかけだった。勢いのある文字に圧倒され、同時に自分の境遇が重なった。
 入学後、進んで被災体験を話したことは無かった。当初は体験を書にすることで、周囲からどんな目で見られるか、気になった。
 でも、「一人でも多くの人に福島の現状を知ってもらうことの方が大切だ」と迷いを断ち切った。書道は5段の腕前。頭の中に言葉が浮かぶと、縦1メートル、横7メートルの大きな障子紙に思うがまま筆を走らせた。
 <福島をどうか殺さないで 私たちは生きている>
 南相馬市の原町高で、1年生最後の授業を受けていた11年3月11日、教室が突然、音を立てて揺れた。携帯電話の警報音が鳴り響き、悲鳴が上がった。
 地震で落ちた自宅の瓦を家族と片付けていた12日、遠くで「ボンッ」と鈍い音がした。家に入りテレビをつけると、東京電力福島第1原発の建物が爆発した映像が目に飛び込んできた。
 <ただただの恐怖 目を覆いたくなる現実>
 その3日後、原町区に屋内退避指示が出た。避難所や県外にある父の会社の社宅を2〜3週間ごとに転々とする生活が始まった。
 <生きるために逃げた ただただひたすらに 地元に帰れること信じて>
 避難先で福島ナンバーの車が壊されたというニュースを耳にした。「何も悪いことをしてないのに」。人間不信に陥ったときもあった。
 <福島に戻れることを信じて 強く強く生きている>
 個展の出展作に「感謝」と題した作品がある。「人の支えがあったからこそ、今自分は前を向いて生きていられる」と佐藤さん。作品をこう締めくくった。
 <一緒に生きるあなたへ ありがとう>


2016年12月18日日曜日


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