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<回顧みやぎ>BRT新モデル 被災地から

JR東日本が運行する気仙沼線のバス高速輸送システム(BRT)。高校生らが乗り込む光景が定着する

 東日本大震災から6年目を迎えた2016年。宮城県内では、交通インフラを中心に被災地の復興が進む中で、復興工事を巡る事件もあった。新市誕生や商業地集積に沸く一方、政治家のモラルが問われた1年でもあった。現場の記者が振り返る。

◎2016振り返る(1)大船渡線と気仙沼線 BRT継続決定

<住民の熱意 驚き>
 先日、茨城県内から冊子が届いた。副題は「消えたローカル線を、BRTへと甦(よみがえ)らせた人々」。利用客の激減で2007年に廃線となった旧鹿島鉄道の線路跡で、10年に運行を始めたバス高速輸送システム(BRT)「かしてつバス」の歴史がつづられていた。
 廃線後に一般道のバス路線にしたが、渋滞で遅れがちになり利用客が減少。住民の要望で沿線自治体が舗装し、BRTにした。
 地元関係者に話を聞き、住民の熱意に驚かされた。否定的な考えの住民もいたが、通学で使う高校生が沿線の飲食店マップを作って応援し、住民は沿道を彩るアジサイを植えた。定時性も回復し、利用客は鉄道時代の6割まで持ち直しているそうだ。
 大船渡線に続いて、気仙沼線のBRT継続に同意したのは今年3月。先行した気仙沼線の暫定運行からは既に4年が過ぎ、利用者に定着する。JRは専用道の延伸工事を進め、気仙沼市や南三陸町など沿線自治体も交通政策や復興まちづくりの議論を急ぐ。

<意識づくり重要>
 ただ、住民から新駅を要望する動きがある一方で、「鉄路復活」を求める運動も続いている。地元の足を巡る環境が一枚岩とは言いがたい。
 「乗らなければ、公共交通はなくなる。BRTもそれぞれが共存共栄できるか考えないと」。JR東日本幹部が発した言葉の意味を、被災地を走るBRT車両を見るたびに反すうする。
 「BRTは都市部の渋滞対策として誕生し、地方はまだ少数。被災地でよりよいものにしてほしい」。冊子を送ってくれた筑波大の石田東生教授(交通政策)は期待する。
 BRTは公共交通として新しく、課題も多いという。運行速度を安定させるための電子制御の採用や専用道の速度規制緩和といったJRや国の協力を得ることなどで利便性が高まるとした上で、乗客を増やす「地域の足を守る意識づくりが問われる」と指摘する。
 過疎化が進む地方の公共交通の維持は、全国共通の課題。震災復興と地域の発展のために、住民、行政、事業者が協働して、公共交通の新しい「モデル」を目指してほしい。(気仙沼総局・高橋鉄男)

[メモ]東日本大震災で被災したJR大船渡線気仙沼−盛駅(大船渡市)43.7キロと気仙沼線柳津(登米市)−気仙沼駅の55.3キロに関し、JR東日本は暫定運行していたバス高速輸送システム(BRT)での本格復旧を提案。3月に気仙沼市の受け入れで沿線全自治体が同意した。区間によるが、既に運行本数は鉄道時代の2〜3倍。鉄路跡を使う専用道の比率は気仙沼線は90%、大船渡線は51%にまで高める方針。


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2016年12月20日火曜日


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