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<回顧みやぎ>新住民の参加 工夫を

 東日本大震災から6年目を迎えた2016年。宮城県内では、交通インフラを中心に被災地の復興が進む中で、復興工事を巡る事件もあった。新市誕生や商業地集積に沸く一方、政治家のモラルが問われた1年でもあった。現場の記者が振り返る。

◎2016振り返る(5)富谷市誕生

<移行に薄い関心>
 「富谷って市になる?」
 「うん。でも、いつだっけ。来年? 再来年?」
 4月に泉支局に赴任して早々、取材先で出会った30代夫婦の会話が耳に残っている。
 2014年春に1戸建て住宅を購入し、仙台市内から富谷町に引っ越してきたという夫婦。10月10日の市制移行は、15年5月の町の住民懇談会で告知されたが、知らなかった。
 夫婦は不勉強を恥じつつも「富谷町民だけど、感覚的に仙台市富谷区民だから。あまり行政とか興味ない」と正直に話してくれた。
 この夫婦が特別だったと思わない。他地域から転入してきた若い新住民の多くが、市制移行に大きな関心はなかったように思う。
 背景もある。仙台市のベッドタウンとして1970年代以降に人口が急増し、市制移行要件の人口5万を超えた富谷は、その9割を大規模宅地開発地域に住む新住民が占める。新住民は通勤通学の影響もあってか、富谷より仙台への帰属意識が強い傾向にあるのは否めない。
 「まず仙台があって、その近郊で、車があれば住みよい街として富谷は発展した。富谷に住みたいというよりも、選択の結果、富谷に住むことになった住民は多い」
 こう指摘したのは、仙台市青葉区の経営コンサルティング業佐々木篤さん(55)。佐々木さんを取材中、市制移行日を知らなかった夫婦を思い出し、妙に納得した。

<正念場これから>
 市制移行に向け、町は春先から歴史的な転換点を盛り上げようと躍起だった。職員も休日返上で作業をこなし一生懸命さは伝わってきた。その一方で、移行日を知らなかった夫婦がいたように、市昇格の意義が全住民に等しく浸透していたかどうかは疑わしい。
 「市昇格が目的ではない。これから富谷市をどうつくるかが大切だ」。若生裕俊市長は常々口にする。
 まさにまちづくりはこれからが正念場だ。「仙台市富谷区民」という意識が強い新住民をいかにまちづくりに巻き込んでいくか。住民の関心の低さに便乗し、好き勝手なまちづくりを進める市や市議会では富谷の未来はない。(泉支局・北條哲広)

[メモ]富谷町は10月10日、県内で14番目、東北で77番目の市として富谷市に昇格した。市町村合併を経ずに市制移行したのは1971年の多賀城、岩沼、旧泉(現仙台市泉区)の3市以来45年ぶり。東北での単独市制移行は2014年1月の滝沢市以来。富谷市誕生で全国の市町村数は791市、744町、183村となった。11月末現在の市人口は5万2506。

市制移行を記念して住民ら約1000人が参加して開かれた式典=10月10日、富谷市の富谷武道館


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2016年12月24日土曜日


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