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<回顧みやぎ>生活再建 尽きぬ不安

解体工事が進む仙台市内のプレハブ仮設住宅。震災復興は新たな段階を迎えた=14日、太白区のあすと長町仮設住宅

 東日本大震災から6年目を迎えた2016年。宮城県内では、交通インフラを中心に被災地の復興が進む中で、復興工事を巡る事件もあった。新市誕生や商業地集積に沸く一方、政治家のモラルが問われた1年でもあった。現場の記者が振り返る。

◎2016振り返る(6)仙台市のプレハブ仮設住宅解消

<話し相手いない>
 東日本大震災の被災者が暮らした仙台市内のプレハブ仮設住宅が10月末で解消され、解体工事が進んでいる。3月で復興計画期間が終わった市にとって復興への大きな一里塚だが、再建先で新たな悩みを抱える被災者は少なくない。
 「毎晩、誰かしらが『一杯やるか』って呼びに来てさ。通路にいすを出して、4、5人が集まって飲むんだ。昼間は集会所で将棋を指してさ」
 若林区の災害公営住宅で独り暮らしの70代男性を取材した時のことだ。「あの頃が一番楽しかった」と、プレハブ仮設住宅で過ごした4年半の思い出を語ってくれた。
 「今は話し相手がいないから寂しい。夜になると、なおさら」。居間のテーブルの上には、津波で亡くなった奥さんの遺影が置かれていた。「晩酌だけが楽しみ」という言葉に、ただうなずくしかなかった。
 「災害公営住宅の方が住み心地はいいだろうけど、今度は家賃を取られるでしょ。お金が心配」。若林区のプレハブ仮設住宅から災害公営住宅に入居が決まった別の70代男性は、新生活への期待よりも不安を口にした。
 市東部にあった自宅は津波で全壊し、住宅ローンだけが残った。男性ら年金暮らしの被災者にとって、入居無料の仮設住宅から災害公営住宅に移る際、家賃の発生は切実な問題だ。生活再建への道のりが容易でないことを、改めて思い知らされた。

<遊ぶ場所がない>
 若林区の別の災害公営住宅に住む子育て世代の母親たちからは、「子どもの遊び場がない」という訴えを聞いた。
 子どもたちが近くにあるアパート敷地内の公園や災害公営住宅の駐車場で遊ぶと、近隣から「うるさい」「危ない」などと苦情が相次ぐという。ある母親は「子どもなりにストレスがたまる。外で自由に遊ばせてあげたい」とこぼした。
 仮設住宅を出た被災者の声は、新たな課題を次々と教えてくれる。市の復興が終わったわけでは、決してない。被災の「後遺症」が癒えるまで、市がすべきことは山ほどある。
(報道部・小沢一成)


[メモ] 仙台市内では東日本大震災後、18カ所で計1505戸のプレハブ仮設住宅が整備された。ピーク時の2012年3月末には1346世帯3042人が入居していたが、今年10月末までに全員が退去した。市は来年3月までに全てのプレハブ仮設住宅の解体、撤去を目指している。


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2016年12月25日日曜日


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