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<牧田明久>全力プレー後輩に

新規参入直後、秋季キャンプを行う東北楽天の選手。左端前方でうつむき加減に走るのが当時22歳の牧田=2004年11月13日、大阪・藤井寺球場

 東北楽天が創設された2005年度から在籍する最後の選手だった牧田明久外野手(34)が、今季限りで現役を引退した。経営難の近鉄がオリックスとの合併を発表したことに端を発した球界再編問題により04年秋、近鉄から新球団に入った。施設も戦力も不十分だった黎明(れいめい)期から地道に力を付け、13年には日本シリーズで本塁打を放って球団初の日本一に貢献した。引退後も仙台に根を下ろす牧田の野球人生は、チームの歩みそのものとも言える。牧田の12年をたどり、東北楽天の歴史を重ね見る。(浦響子)

◎思い託す/大変な時期を乗り越えて今がある

 「仙台に来て良かった」
 事前に用意した原稿になかった言葉が、自然と口を突いた。
 今年11月23日、ファン感謝祭での引退セレモニー。牧田はこみ上げる涙を抑え、ファンへ感謝を述べた。
 2013年の日本一から3年、チームは3年連続のBクラスに沈んだ。ベテランとなった牧田は若返りを図るチーム方針もあり、今季16試合の出場にとどまった。
 「引退かな」。その時が近づくのを感じていた。だから、「後悔だけはしないよう、一打席一打席、全部最後のつもりでいった」
 ある日の2軍戦。平凡な内野ゴロを打った後、一塁まで全力疾走した。アウトと諦めて速度を緩めがちな場面だが、「若手の見本になるようなプレーをしないと」。口べたな分、背中で若手に示し続けた。
 ファン感謝祭には初の試みで、来季の新入団選手が参加した。最後の創設メンバーとして、後輩に託したい思いがあった。「大変な時期を乗り越えて今があることを知っていてほしい」。スピーチでは、「1年目は、何もないところからのスタートでした」と述べ、新人選手も聞き入った。
 来年から東北楽天のジュニアコーチとして、野球指導に携わる。この地で結婚し、明花理さん(9)明香さん(7)の娘2人に恵まれ、居も構えた。今は「仙台に骨をうずめたい」と思っている。
 創設メンバーでは平石、益田ら多くの元選手が今も仙台に住まう。新球団ができて12年。東北楽天が仙台の地に、着実に根付いた証しとも言える。


2016年12月27日火曜日


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