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<女川凍る再稼働>恩恵と不安と 揺れる共存

商業施設や災害公営住宅ができ、生まれ変わりつつある宮城県女川町の中心部。復興事業は地元に経済効果をもたらしている

 東北電力が2013年12月、原子力規制委員会に女川原発2号機(宮城県女川町、石巻市)の新規制基準に基づく適合性審査を申請し、16年12月27日で丸3年になった。審査は長期化し、焦点の地震・津波分野はようやく詰めの議論に入った。地元住民は再稼働への期待と不安で揺れ動き、自治体は避難計画づくりを本格化させている。東日本大震災からまもなく6年。女川原発の再稼働を巡る今を検証する。(原子力問題取材班)

◎2号機審査申請3年(中)ジレンマ

<町再生 新段階に>
 東北電力女川原発が立地する宮城県女川町は「復興のトップランナー」と呼ばれる。駅前に真新しい商業施設ができ、山林を切り開いての集落移転も進む。東日本大震災の発生から6年目。町再生は新たな段階に入ろうとしている。
 「大きな復興工事はあと2、3年で終わってしまう。それまでには何とか再稼働してもらわないと…」
 女川原発への物品納入や関連工事を請け負う地元業者でつくる女川商工事業協同組合の木村征一理事長(75)がため息をつく。
 加盟業者は震災前の136社から99社に減少。震災前は10億円前後に上った業者の取扱総額は2012年度に4億円を切った。穴を埋めたのは復興関連事業で、15年度は総額7億円台まで回復した。木村理事長らは「復興後」、原発と再び共存する日常を願う。
 女川原発は巨大津波で大きな浸水を免れ、震災に耐えた。ただ東京電力福島第1原発事故は町民の胸に複雑な思いを沈殿させた。
 組合加盟の男性経営者は「東北電力さんには長年お世話になってきた。個人的な思いは言えない」と多くを語らない。一方、非加盟の50代の自営業男性は「原発で恩恵があるのは一部の業者。多くの町民は不安を持っている」と断言する。

<適合性審査進む>
 女川2号機の新規制基準に基づく適合性審査が進む。「合格」後には再稼働の前提となる地元同意の判断を迫られる。
 震災発生時の町議会議長、木村征郎町議(71)は「将来的には原発はなくなるべきだと思う」と胸の内を明かす。「住民投票をすれば再稼働反対が多いのではないか」とみるが、ことさら反対を叫ぶつもりはない。原発関連の仕事で生活する支持者も多い。
 町議会が1967年に原発誘致を決議して間もなく半世紀。71年の町議選で初当選した木村公雄議長(80)は「町の選択は正しかった」と力を込める。町の復興事業が着実に進む背景には、平成の大合併と一線を画して維持した単独町制があるとみる。原発立地でもたらされた財政基盤がそれを可能にしたと考えている。
 定数12の町議会で反原発の姿勢を鮮明にするのは3人。地元同意の判断に向けて住民投票の実施を求める。木村議長は町民心理の変化を感じつつ、78年に漁協が漁業権放棄を可決するまで町を二分した激しい闘いに触れ「あんな争いは繰り返したくない」と言う。

<地域像模索続く>
 須田善明町長(44)も住民投票に否定的だ。「厳格な審査を通過して初めて議論の俎上(そじょう)に載る。国の責任ある説明を踏まえ、議会と私が判断する」と述べ、規制委が結論を出した後に地元同意の是非を政治決断する考えを示す。
 「今の3基はいつか止まる。原発に依存し続けるのではなく、自分たちで地域の仕事と価値を生み出していかなければならない」と須田町長。復興を足掛かりにした新たな地域像の模索が続いている。


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2016年12月26日月曜日


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