岩手のニュース

<三陸沿岸道>大きく迂回 支援に遅れ

盛岡と宮古を結ぶ国道106号。沿道には台風による被害の跡が今も残る=21日、宮古市茂市

 台風10号豪雨による道路網の寸断は、山間部の交通ネットワークのもろさを浮き彫りにした。

◎岩手復興 大動脈北へ(20)地域分断

<3日間 陸の孤島>
 宮古市西部の山間部にあり、国道106号沿いに集落が点在する新里地区。8月30日の豪雨で、国道は市中心部方面と盛岡方面の双方が寸断された。被災から3日間は「陸の孤島」と化し、住民約2700人が取り残された。
 市新里総合事務所の高鼻辰雄所長は「最も難儀したのは支援物資の輸送だった」と振り返る。市が調達した物資はいったん、市中心部に集約され被災地区に運ばれた。
 新里地区は106号の被災で車両での運搬はできず、事務所職員が歩いて中心部方面に向かった。寸断区間は近くのJR山田線のトンネル内を歩き、手作業で運んだ。
 地域分断は被害が甚大だった岩泉町でも起きた。盛岡から岩泉に至る国道455号が町中心部を挟んで2カ所で流失し、東西で三つに分かれる形になった。
 「役場から小川(地区)に行くには半日がかりだった。被害状況や住民の安否を確認するにも移動時間が長く、効率が悪かった。道路の開通が待ち遠しかった」。町の植村敏幸総務課長は当時の状況を語る。
 町西部の小川地区と町中心部の間では国道455号が被災し、大きな迂回(うかい)を強いられた。通常は車で30分ほどの距離だが、隣の葛巻町などを経由して片道3時間近くかかるルートで物資を運んだ。

<2時間が7時間>
 支援する側も焦燥が募っていた。県トラック協会の佐々木隆之常務理事は、県の要請で緊急物資を配送するための調整業務に当たっていた。「通常の経路は全く使えない。確実に物資を届けるため、どこを通れば岩泉にたどり着くのか、ルート探しから始まった」。
 第1陣として豪雨翌日の8月31日午後、二戸市にある県の防災倉庫にあった備蓄品を岩泉町に運んだ。国道455号は通行止め。久慈市から田野畑村を経由する道だけが生きていた。
 通常なら2時間ほどで到着するが、迂回路に交通量が集中して渋滞が発生。到着したのは出発から約7時間後だった。
 地域の足も打撃を受けた。8月30日午後、国道106号を盛岡から宮古に向けて走行していた岩手県北自動車(盛岡市)の高速バスが通行止めや土砂崩れによって進路を阻まれた。
 盛岡に引き返すこともできず、宮古市川内の道の駅やまびこ館に翌朝まで待避した。運行中のバスが災害で立ち往生するのは、東日本大震災を除けばここ30年で初の事態だった。
 同社乗合事業部の荒屋敷正剛副部長は「内陸と沿岸を結ぶ道路は迂回路がない道が多い。災害に限らず、交通事故でも復旧に時間がかかる場合は今回と同じような分断が起きる恐れがある」と指摘する。


関連ページ: 岩手 社会

2016年12月28日水曜日


先頭に戻る