岩手のニュース

<道しるべ探して>しなやかに生きていく

日が暮れる。雪の季節を迎えた牧場で、中洞さんが牛たちをいたわっていた=岩手県岩泉町

 一面の野芝はうっすら雪をまとい、浅い角度から陽光を浴びていた。北上山地に冬が訪れていた。
 時代の道しるべを探して各地を巡る旅の終わり、再び中洞(なかほら)牧場(岩手県岩泉町)を訪ねた。

◎とうほく共創 旅の終わり

 365日、牛を放し飼いにする「山地(やまち)酪農」。牛たちは、真冬でも外で野芝や雑草、木の葉をはみ、いてつく夜は身を寄せ合って暖を取る。
 その分、搾乳量は減るが、無理はしない。母牛が子牛に乳を与えた後の残りを、許される範囲内で人間が頂く。
 夕刻、100頭の牛たちと出迎えてくれた牧場長中洞正さん(64)は、心なしか厳しい表情をしていた。

 今夏、台風10号が岩泉町を襲った。観測史上初めて東北太平洋岸からの上陸だった。豪雨は小本(おもと)川で濁流となり、中洞牧場の麓でグループホームのお年寄りら19人の命を奪った。
 気象や災害の専門家は、降雨や洪水のメカニズムを説き、護岸の必要性を強調する。中洞さんは一人、ずっと違うことを考え続けていた。「あれは人災だったんじゃないのか」
 大量の流木が橋脚に引っ掛かって流れをせき止め、人家にあふれ出た。その流木はどこから来たのか。
 「川が勝手に暴れたんじゃない。原因は山に放置された枯れ木にある。放置したのは俺たち人間だ」
 被害は、乱開発の揚げ句、森との対話を一方的に打ち切った人間に対する、あまりにむごい代償だった。

 台風一過の朝、牧場の被害を見回った中洞さんは、片隅で声にならない声を上げた。湧き水などないはずの場所から、こんこんと水がしみ出ていた。
 大地に根を張った野芝が、大量の雨をスポンジのように吸収していた。その後2カ月、水はやむことなく湧き続けた。
 道路が壊れて1週間孤立したが、牧場に目立った被害はなかった。完全放牧の牛たちが雑草を食べて育んでくれた野芝は、猛り狂った嵐の夜をしなやかにやり過ごしたのだった。
 変えなければいけない生き方があり、変えてはいけない生き方がある。中洞さんに聞いてほしい旅の土産話が、たくさんあった。(この企画は報道部・矢野奨、今野忠憲、長谷美龍蔵が担当しました)


2016年12月28日水曜日


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