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<回顧みやぎ>地域再生へ役割重要

坂元駅前では色鮮やかな大漁旗が鉄路再開に花を添えた

◎2016振り返る(11完)JR常磐線相馬−浜吉田間再開

<拠点として成長>
 高架式になった線路を行き交う電車を、誰もが笑顔で見つめていた。今月10日、東日本大震災で被災したJR常磐線で、相馬(相馬市)−浜吉田(亘理町)間の運転が再開された。
 新たに内陸に移設された坂元駅(山元町)前の広場は祭りの雰囲気だった。色とりどりの大漁旗がはためき、町特産のホッキガイやリンゴを売る出店がずらり。鉄路再開への住民の思いを感じた。
 亘理高1年の佐藤優也さん(16)に話を聞いた。「子どもの頃から鉄道が大好き。よく両親に連れられ、海岸線近くを走っていた列車を見に行きました」。通学にも常磐線を使う。「代行バスに比べて10分以上短縮されます」。出店のクレープを頬張りながら笑顔で話していた。
 県内に常磐線が敷設されたのは1897(明治30)年。旧坂元駅はその年の11月に開業している。
 「一番列車は機関車の前に日の丸を交差して走り、沿線の老若男女が大勢出て開通を祝った」。山元町史にはそう記されている。鉄道が物流の主役だった時代、駅は地元産の鮮魚や農産物を首都圏や仙台へ運ぶ拠点として成長した。

<町の人口減深刻>
 大震災を経て生まれ変わった常磐線は、地域の足として重要な役割を担う。沿線は人口減が深刻だ。2015年国勢調査によると、山元町の人口は1万2315。10年の前回調査より4000人以上減った。佐藤さんのような若年層をどう町に定着させるかが課題だ。
 駅前では宅地開発や公営住宅整備など受け皿づくりが進む。山下駅前の新市街地「つばめの杜」は学校や保育所、商業施設など都市機能を集中させた「コンパクトシティー」が売り。駅前には居心地のいい公園も整備され、住みたくなる街を感じさせる。
 「つばめ」の名前には、震災で故郷を離れた人たちが戻ってこられる場所となるようにという思いが込められている。新駅とその周辺がどう成長していくのか。地域再生の新たなモデルとなることを願っている。(報道部・安住健郎)

[メモ]復旧工事は2014年5月に始まり、津波で大きな被害を受けた駒ケ嶺(福島県新地町)−浜吉田間の線路14.6キロと、新地、坂元、山下の3駅を最大1.1キロ内陸に移した。JR東日本は残る運休区間についても19年度末までに順次再開する方針。


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2016年12月30日金曜日


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