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<熊本地震>二つの被災地 つながり今も

熊本地震直後に派遣された県職員4人=4月18日、仙台空港
震災支援へのお返しと、街頭で熊本地震の募金を呼び掛けた気仙沼向洋高生=4月24日、気仙沼市のイオン気仙沼店
宮城教育大准教授の美術家村上タカシさん(右)は現地に拠点を開設し、支援物資配りに奔走した=5月12日、熊本県八代市
震災時に東松島市大曲小の教頭だった荒明聖・亘理町高屋小校長(左)の体験を聴く、熊本県阿蘇市の一の宮小、一の宮中の児童生徒=8月18日、亘理町高屋小

 4月に発生した熊本地震の甚大な被害に、東日本大震災の被災地は心を痛めた。地震後、九州と東北の被災地はつながり、県内でも人や物資、情報が活発に行き来した。地震発生から8カ月。新たな交流は今も続いている。

◎人手を 物資を/医師ら派遣、被災者受け入れ

 地震発生直後から、県をはじめ、自治体職員らが現地に派遣された。仮設住宅整備支援や被災家屋の応急危険度判定などに当たった。震災の経験から心のケアを目的とした医師や教員も派遣。東北大の研究者らも現地に入った。県はこの経験を生かし、12月、災害発生時に迅速に県職員を応援派遣するための「災害対応人材バンク」を整備した。
 災害時協定や応援派遣の縁で、自治体間の人的、物的支援が続けられた。街頭でもさまざまな形で募金が集められ、現地に届けられた。被災自治体のふるさと納税の受け付け代行業務という新たな形での支援に、岩沼市などが取り組んだ。
 県は地震被災者を一時的に県内のホテルや旅館に受け入れる事業を実施。夏までに55世帯125人が利用した。

◎ノウハウを/配送に奔走 学習支援も

 多くのボランティアが県内からも現地を訪れた。初期段階から活動拠点を設け、物資配送に奔走したグループもあった。車両型の移動美容室で被災者のカットや洗髪が行われた。震災で児童らの学習支援の経験がある大学生は、熊本でも同様の活動を行った。
 現地に出向かない形の協力もあった。石巻市の梱包(こんぽう)資材会社は、被災地に近い企業で製造できるよう、段ボール製災害用品の設計図をインターネット上で公開。被災聴覚障害者向けにネット回線を通じて大学講義の音声を文字情報に変換して提供する試みもあった。

◎経験継承を/熊本の児童来県し交流

 熊本県内では11月に避難所は全て解消されたものの、宮城同様、仮設住宅での生活が続く。元仮設入居者らが現地に赴き仮設住宅でのコミュニティーの運営についてアドバイスをするといった震災経験を伝える動きも出ている。
 被災した熊本の小学生が県内を訪れて震災被災地の小学生と交流し、災害時の対応やストレスへの認識を深める取り組みもあった。
 震災の津波で大きな被害を受けた女川町の商店主らは、熊本県内の商店主らと地域振興を目指す交流を始めた。災害を機に地域のつながりが深まったという両地域が協力し、被災地の復興と地域課題解決のための模索を続けていくという。

[熊本地震]4月14日午後9時26分、マグニチュード(M)6.5、最大震度7の前震が発生。16日午前1時25分にM7.3、最大震度7の本震が起きた。断層が動いた直下型で、人的被害は12月28日現在、死者181人(直接死50人、6月の豪雨災害5人、関連死126人)、重軽傷者2624人。建物は熊本県で8300棟余りが全壊したほか、熊本、大分両県で多数損壊した。避難者は熊本県内で最大18万人。熊本県内に一時855カ所あった避難所は、11月に全て解消した。


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2016年12月31日土曜日


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