福島のニュース

富岡の除夜の鐘 ネットで放送全国へ

5年8カ月ぶりに鐘を突く皆川住職=6日、福島県富岡町

 東京電力福島第1原発事故で全町避難する福島県富岡町で収録された除夜の鐘が、今年も町の臨時災害FM局を通じて避難者に届けられる。録音したのは創建160年の浄土真宗「光西寺」。釣り鐘を突いた皆川利善住職(88)は「もっと平和で、もっと早い復興を」と5年8カ月ぶりの音色に強く願った。

 収録は今月6日昼に行われた。皆川住職が鐘楼に入り、背筋を伸ばして呼吸を整える。「音が十方に届くように、大きく、力いっぱい突きます」。重く太い音が7回、響いた。
 「祇園精舎の鐘の声」。平家物語の冒頭に触れ、住職は「全ての物は移り変わるということを鐘の音が示している」と語った。
 釣り鐘は1943年秋、戦局悪化に伴い、兵器製造用に国に供出させられた。終戦から30年以上を経た78年夏、檀家(だんか)らの寄進で鐘が復活した。
 境内の記念碑には復活した鐘の由来が刻まれている。皆川住職は「機関銃の弾か魚雷の弾か。殺人のために使われてしまった。だから平和の鐘を造ろうと思った」と語る。
 復活から30年余り。寺は東日本大震災の揺れで地盤や庫裏などに被害が出た。原発事故による全町避難で、そのまま放置された。鐘楼も少し傾いた。鐘は突けないように固定された。
 <原発など そもそも吾等(われら) 草の露(つゆ)>
 鐘を突き終えた皆川住職は鐘楼を見上げ、メモ帳に書き写した俳句をつぶやく。いわき市に住む長岡由(よし)さんの作品だ。
 「人間は一人ではどうにもならないことがある。『こんな戦争無駄なんだ』と言ってもどうにもならなかった。原発だって爆発したらどうしようもない」
 原発事故後は避難先のいわき市内に本尊を移し、家族の助けで法要を続ける。体調が悪いときも「自分の勤め」と読経に出向く。感染症を患い、死を覚悟したこともあった。
 「避難生活は続き、長い夢を見ているよう。そうやって5年8カ月を生き抜いて鐘を突けている。なんと尊く、ありがたいことか」
 檀家は散り散りになり、避難先に墓を移す人もいる。寺をどう再建したらいいのか、立ちすくむこともあるが、前に向かって歩みを進める。
 「富岡川にサケが上り、アユが再び釣れる日が待ち遠しい。平和の鐘を震災前と同じように突ける日が来ることを願っています」

[福島県富岡町の除夜の鐘]町の臨時災害放送局「おだがいさまFM」(郡山市)が全国に避難する町民に向け、大みそかの特番内で流す。放送するのは事前に収録した光西寺などの除夜の鐘とインタビュー。インターネットの「サイマルラジオ」を通じて全国で聴取できる。


2016年12月31日土曜日


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