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<3.11と今>サンド 復興の歩み全国発信

東北放送が29日に放送する特別番組「これが東北魂だ 九州魂だ 駅弁で日本がつながる」の撮影に臨むサンドウィッチマンの2人=昨年12月22日、気仙沼市の安波山
震災発生の直前にロケをしたカフェのスタッフと再会し、無事を確認する伊達さん(右)ら=2011年4月22日、気仙沼市

 東日本大震災後、被災地に心を寄せ、自らの活動を通じて人々を励ましてきた著名人たち。あの日、現地で被災し、肉親が行方不明のままの人もいる。震災から6年になる新年を迎え、被災地と寄り添い続ける思いを聞いた。

◎ずっとそばに(1)お笑いコンビ サンドウィッチマン=仙台市出身

 街並みは少しずつ形を変えていく。あの日とは違う表情を見せる海。ここが、6年の歩みの原点だ。
 気仙沼市街を一望する安波山(あんばさん)。仙台市出身のお笑いコンビ「サンドウィッチマン」の伊達みきおさん(42)と富沢たけしさん(42)がカメラに叫ぶ。
 「おいしいものを食べに東北に来てください」
 東日本大震災の復興をテーマにした全国ネットの特別番組。撮影のために昨年暮れ、気仙沼を訪れた。
 気仙沼とは因縁が深い。2011年3月11日、ローカル番組のロケ中、激しい揺れに襲われた。スタッフと駆け上がった安波山で、恐怖に凍り付いた。
 黒い波が街をのみ込んでいく。踊るようにぶつかり合う船。オイルタンクが爆発し、火の手が上がった。
 未曽有の大震災で無残に変わり果てた古里、東北。空気のように身に付けた笑いを失った。悔しさがこみ上げた。
 伊達さんはブログにこうつづった。
 <戦後、俺たちのじいちゃんやばぁちゃんは日本を復活させた。
 必ず復興します!
 日本をナメるな!
 東北をナメるな!>

 数日後、東北魂義援金を設け、あらゆるメディアで募金を訴えた。
 熱意が通じ、国内外から寄せられた善意は2カ月半で約3億円。16年3月には累計で約4億円に達した。
 タレント仲間やスポーツ選手も「すごい金額」をぽんと預けてくれた。「東北はどうだ、と今も声を掛けてくれる」。2人は東北の代弁者となった。
 07年、漫才日本一を競う「M−1グランプリ」で優勝した。レギュラー番組をいくつも抱える売れっ子だ。
 あまたの犠牲者を出した大震災に居合わせた偶然。生かされた命。被災地出身の芸人として何ができるかを考えた。
 「カメラはどうしても僕らを追います。ならば僕らができるのは現地の様子を見たり聞いたりして伝えることです」(富沢さん)

 東北の現状を全国の人に知ってもらおうと、発信を始めた。
 ローカル番組で継続的に被災地を訪問。どん底から立ち上がる人や、復活した地元の味を紹介して復興の歩みを追う。
 軸足を東北に置いて活動する一方、本業のお笑いで第一線に立ち続けることを自らに課す。
 富沢さんは淡々と話す。「被災地の現状を発信するためにメディアに露出し続けなければならない。新しいネタを作り、ライブをする。本業で活躍してこそ説得力が増す」
 気仙沼は第二の古里だと言う。多忙な中、プライベートでも足を運ぶ彼らに、地元の人は「お帰りなさい」と声を掛ける。
 「あんたたちが頑張ってるんだから、私たちも頑張らないとね」。そんな言葉がうれしいと、伊達さんは目を細める。
 あの日に見た光景は今も消えない。でも、人を笑顔にさせてなんぼの仕事。不屈の「東北魂」で被災地を元気にしたい。これからも。(報道部・伊東由紀子)


2017年01月01日日曜日


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