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<さとう宗幸>初のドラマ「生徒」と今も交流

テレビドラマ「2年B組仙八先生」で教師役を演じる=1981年

 大ヒット曲「青葉城恋唄」で知られる宮城県大崎市古川育ちのさとう宗幸さん(67)。「宗さん」の愛称で多くの人々に親しまれ、シンガー・ソングライターとしてだけでなく、俳優、テレビ番組の司会者と、さまざまな分野で活躍している。2018年にはデビュー40周年を迎える宗さんに、これまでの半生の喜怒哀楽を振り返ってもらった。

◎談 人生 仕事(3)

――シンガー・ソングライターとしてだけでなく、俳優にも挑戦することになった

<一度は出演を固辞>
 1981年4月から、TBSのテレビドラマ「2年B組仙八先生」に教師・伊達仙八郎役で1年間出演しました。32歳の時です。人気番組「3年B組金八先生」に連なる番組でプレッシャーがありました。
 最初の出演依頼は固辞したのですが、「さとう宗幸そのままで演じてほしい」というプロデューサーの言葉と熱意にほだされて引き受けました。いざ、番組の収録が始まると、声が思うように出なかったり、NGの連続だったりして、半年ぐらいは顔面神経痛のように顔の筋肉がピリピリしていました。
 番組の「生徒」の中には、実際の中学3年生が十数人いたので、初詣に仙台の榴岡天満宮でお守りをもらってあげました。
 番組からは本木雅弘さんや薬丸裕英さん、布川敏和さん(3人は後にシブがき隊を結成)、三田寛子さんが芸能界で活躍するようになりました。今でも生徒たちとの交流は続いています。
 2009年には本木さんが幹事となって、生徒が一堂に集まって僕の還暦祝いを催してくれました。その時、本木さんは主演した映画「おくりびと」(滝田洋二郎監督)が第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞し、多忙を極めていたのですが、当日は司会も務めてくれました。その誠意に胸を打たれました。

――「2年B組仙八先生」の撮影のため、1年間、東京で単身生活を送った

 金曜日が稽古で、土、日曜日がロケ、月、火曜日がスタジオでの収録でした。水、木曜日が休みだったので、火曜日の収録が終わると、自家用車で仙台に向かう日々でした。1年間の走行距離は約8万キロになりました。ドラマの最中は大変でしたが、振り返ると、いい時にいい仕事に関わらせてもらったと思います。このドラマの後からは、仙台を拠点にした生活を続けています。

――87年にはNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」で支倉常長役を演じた

<あくまでシンガー>
 このドラマは全50回放送され、平均視聴率が39.7%、最高視聴率が47.8%と大人気でした。出演の話はドラマの放映が始まってからでした。突然でしたが、何しろ、伊達政宗が主人公ということで興味はあったし、謎の多い人物でしたが支倉常長にはずっと憧れを持っていました。この時は出演依頼を二つ返事で引き受けました。やりがいのある仕事でした。
 92年には父親が認知症の息子役を演じた関西テレビ制作のドラマ「裸の木」が、文化庁芸術作品賞とギャラクシー大賞を受賞しました。
 ドラマや映画には出ていますが、僕はあくまでもシンガーだと思っています。俳優という仕事については、できる部分とできない部分があります。今後も僕のキャラクターを理解してくれた上でのお話に関しては、誠意を持って対応していくつもりです。(聞き手は生活文化部・沼倉淳)


[さとう宗幸(むねゆき)]シンガー・ソングライター。本名は佐藤宗幸。1949年生まれ。東北学院大卒。78年に「青葉城恋唄」でメジャーデビュー。テレビドラマの「2年B組仙八先生」や「独眼竜政宗」などで俳優としても活躍。95年からミヤギテレビの「OH!バンデス」の総合司会者。最新曲は「あ・り・が・と・う・の歌」。仙台市泉区在住。


関連ページ: 宮城 文化・暮らし

2017年01月02日月曜日


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