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<さとう宗幸>杜の都に根を張り歌い続ける

全国各地の人々に歌声を披露している=5月、埼玉県飯能市

 大ヒット曲「青葉城恋唄」で知られる宮城県大崎市古川育ちのさとう宗幸さん(67)。「宗さん」の愛称で多くの人々に親しまれ、シンガー・ソングライターとしてだけでなく、俳優、テレビ番組の司会者と、さまざまな分野で活躍している。2018年にはデビュー40周年を迎える宗さんに、これまでの半生の喜怒哀楽を振り返ってもらった。

◎談 人生 仕事(6完)

――2015年10月に7年ぶりの新曲で、18枚目となるシングル「あ・り・が・と・う・の歌」をリリースした

<新曲で感謝伝える>
 自分を支えてくれた人に感謝を伝える歌で、僕が心底から歌いたいと思える曲に巡り合えました。作詞と作曲は、40年以上の付き合いがある東京都のシンガー・ソングライター佐久間順平さんです。佐久間さんが自費制作したCDに入っていたこの曲を聴いた瞬間、「自分が歌いたいのはこの曲だ」と直感しました。
 26年前に亡くなったおふくろに最期に語り掛けた言葉も「ありがとう」でした。レコーディングの時はおふくろや妻、娘、孫たちら多くの愛する人を思い浮かべていました。
 僕の歌では珍しく、ビブラートを利かせていません。歌詞を大事にしようという気持ちと曲の力が、僕に自然とそう歌わせました。

――18年にデビュー40周年を迎える

 現段階では、40周年だからと言って大規模な企画は考えてはいません。むしろ、そんなに大きくない会場で、支えてくれた人への感謝の思いを込めたアットホームなコンサートを1回だけ開くというのも悪くないと思っています。50周年は大々的にやりたいですね。80歳目前なんですが、それまで元気で歌っているのが目標です。
 これまで多くの人に影響を受けました。中でも仙台市の童謡詩人スズキヘキさん(故人)や、放送作家の草分け的な存在でタレントで作家の永六輔さん(同)らの存在は大きいです。スズキヘキさんとは生前に会うことがなく、残念に思っています。青森県弘前市出身のタレント伊奈かっぺいさんは気の置けない仲間です。
 僕の事務所の机の前には、2枚のはがきが置いてあります。いつもコンサートで歌う「二度とない人生だから」の作詞者である坂村真民先生(故人)からのものです。坂村先生は「念ずれば花ひらく」の言葉で知られ、一遍を敬愛した「仏教詩人」です。一つには「愛」。もう一つには「和」と書かれています。
 「字は一字でいい 一字にこもる力を知れ 花は一輪でいい 一輪にこもる命を知れ」。坂村先生のこの言葉もずっと心に刻んでいます。

――これからも仙台を拠点に活動していく考えだ

<気負わずに生きる>
 仙台にいて不都合はありませんし、離れる理由は何もありません。杜の都のシンボルであるケヤキのように、今後もしっかりと仙台に根を張っていきたいです。この年齢になって、特に感じるのは気負わずに等身大で生きることの大切さですね。
 トレードマークとも呼ばれるひげは、25歳から伸ばしています。「私の孤独」のヒット曲があるフランスのシンガー・ソングライターのジョルジュ・ムスタキ(故人)をまね、シンガーとして生きていく決意表明でした。
 以来、一度もそったことはありません。最初の決意は今も変わっていません。僕にとって歌うことは生きていることの証しです。ずっとギターを弾き、生涯、シンガーでありたいです。(聞き手は生活文化部・沼倉淳)

[さとう宗幸(むねゆき)]シンガー・ソングライター。本名は佐藤宗幸。1949年生まれ。東北学院大卒。78年に「青葉城恋唄」でメジャーデビュー。テレビドラマの「2年B組仙八先生」や「独眼竜政宗」などで俳優としても活躍。95年からミヤギテレビの「OH!バンデス」の総合司会者。最新曲は「あ・り・が・と・う・の歌」。仙台市泉区在住。


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2017年01月03日火曜日


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