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<フィッシャーマンJ>再開の海 人呼び込め

ギンザケに餌を与える早坂さん(右)を指導する鈴木さん。三陸から新しい漁師像の構築に挑む=宮城県女川町の女川湾

 浜を眺めると、課題は山積している。東日本大震災の津波は三陸の水産業を打ちのめした。地域を、産業を持続させたい。地元企業がはい上がる。

◎トモノミクス 被災地と企業[2]プロローグ(中)かえる

 2016年12月、宮城県女川町の海は穏やかだった。ギンザケ養殖などを手掛ける水産会社マルキン(女川町)社員早坂信秀さん(28)は、慣れた手付きでいけすの稚魚に餌をやった。
 ちょうど1年前、漁師を目指して新庄市から移り住んだ。漁業担当の社員としては久々の新人。常務の鈴木真悟さん(29)は成長に期待をかける。

 早坂さんは町内のシェアハウスに住む。県内の若手漁師ら約20人でつくる一般社団法人「フィッシャーマン・ジャパン」(石巻市)が整備した。
 同法人の理事を務める鈴木さんには、強烈な危機感があった。「このままでは水産業が持たない」
 国産の養殖ギンザケ生産量で日本一を誇る女川町でマルキンは最大手。年商約10億円、約30人の従業員を抱える。津波で工場や養殖施設を失ったが、11年秋に養殖を再開した。
 極限の苦境からは脱した。それでも安閑としてはいられない。地域に目をやると、人口も漁業者も減り続けている。従業員の平均年齢は60歳超。目を付けたのは地域外の人材だった。
 シェアハウス、漁業体験ツアー、アパレルメーカーと組んだ作業着の開発。次々とアイデアを繰り出した。「きつい」「汚い」「危険」。3K職場のイメージを一変させる。目指すのは「かっこいい」「稼げる」「革新的」の新3Kだ。
 2年半で25人が新たに養殖などの仕事に就いた。まだまだ足りない。目標は1000人だ。
 共感する企業がいた。創業43年の鮮魚店「石巻津田水産」(石巻市)。専務で2代目の津田祐樹さん(35)は昨年3月、販売商社を設立した。フィッシャーマンのもう一つの柱、販売事業を担う。

 近年進む魚食離れを悲観はしていない。「すしや刺し身は好きな食べ物の調査で上位。家庭ではなく、外食に活路がある」と飲食店向けの営業に注力する。
 昨年6月、東京に直営の海鮮居酒屋を出した。完全民営化した仙台空港を運営する仙台国際空港(名取市)と連携し、海外輸出も計画する。
 課題は尽きない。業界に蔓延(まんえん)する赤字体質の改善、水産資源の管理、若者が働きたいと思える場づくり。津田さんは今、フィッシャーマンの仕事が大半を占める。家業を統合してもいいとさえ考える。「自社の利益より、水産業の今後を追いたい」
 地域経済をどう持続させるか。使命感を帯びた企業市民が地域を変える。
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 企業の社会的責任(CSR)。21世紀、世界の企業に浸透し始めた概念だ。東日本大震災後、東北の被災地には無数の企業が足を踏み入れ、試行錯誤を重ねた。艱難(かんなん)の地へ、生活の糧を、癒やしを、希望を。企業を突き動かした衝動は何だったのだろう。あれから間もなく6年。CSRを足掛かりに、あの日に返って経済社会を展望する。見えてくる明日を、私たちは「トモノミクス」と呼ぶ。


2017年01月04日水曜日


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