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<3.11と今>小林武史 アートで交流広げる

リボーンアート・フェスの打ち合わせをする小林さん=昨年11月26日、石巻市
多くの来場者の熱気に包まれたプレイベント=昨年7月、石巻市((c)Reborn−Art Festival Photo by NAKANO Yukihide)

 東日本大震災後、被災地に心を寄せ、自らの活動を通じて人々を励ましてきた著名人たち。あの日、現地で被災し、肉親が行方不明のままの人もいる。震災から6年になる新年を迎え、被災地と寄り添い続ける思いを聞いた。

◎ずっとそばに(3)音楽プロデューサー 小林武史さん=山形県新庄市出身

 復興って何だろう。その先の輝きに目を凝らす。
 宮城県石巻市や牡鹿半島を主な舞台に今夏、開幕する総合芸術祭「リボーンアート・フェスティバル」。音楽プロデューサー小林武史さん(57)は実行委員長と制作委員長を担い、東日本大震災の被災地を駆け回る。
 Art(アート)は「人が生きるすべ」を指すラテン語Ars(アルス)が語源という。
 「石巻は浜の人の魅力、命宿る自然の力を感じながら、多様な思いに触れる場」と捉える。「震災後、失われつつある生きるすべを再発見し、取り戻す」

 6年前のあの日、ラジオ番組に出演するため大阪市のビルにいた。ゆっくりとした大きな横揺れ。テレビのテロップは宮城県沖での大地震発生を伝えていた。
 「宮城の地震で大阪が揺れるなんて。事の大きさを感じた」。プロデュースするアーティストのツアー中止やイベントの延期。対応に追われながら、被災地を支援できないか模索した。
 まず始めたのが、旧知の山形県鶴岡市のイタリア料理店オーナーシェフ奥田政行さんらとの炊き出し。発生から約1週間後、宮城県南三陸町へ。宮城県気仙沼市や石巻市も回った。かつて街があった沿岸部で、立ち尽くした。
 「巨大な料理用のミキサーに人が造った物を全部放り込み、空からばらまいたように全くの無秩序、ばらばらな状態だった」
 ミスターチルドレンの桜井和寿さん、作曲家の坂本龍一さんとつくる東京の一般社団法人「APバンク」を軸に次の支援活動に着手。石巻を拠点に、東京から毎週のようにバスでボランティアを送り込んだ。

 大掛かりな復興工事のつち音が響く被災地に通うにつれ、気掛かりになったのが、復興の在り方。
 「経済の合理性に縛られた現代社会では、地域が取り残されて過疎化していくことは目に見えている」
 持続可能な地域をどうつくるか。ヒントを探し求めた先が「Art」だった。
 2012年夏に訪ねた新潟県南部での国際美術展「大地の芸術祭 越後妻有(つまり)アートトリエンナーレ」。会場の中山間地域に点在する現代アートが、その土地の歴史や人の営み、訪れる人たちをつないでいた。
 「芸術祭は期間が長く、準備を含め地元と交流が生まれる。住民にとっても、地域を思う機会になる」
 石巻での芸術祭開催を思い描き、昨年7月末、プレイベント開催にこぎ着けた。これまでの支援活動で築いた地元とのつながりも生きた。がれき仮置き場だった場所をイベント会場に変え、全国から3日間で延べ約4万人を集めた。
 本祭となるフェスは7月22日から51日間、芸術、食、音楽の祭典を繰り広げる。地域と都市、自然と人間、被災地と支援者。「その循環をフェスをきっかけに生み出せるはずだ」
 生きるとは何か。多くを失った地から、こだまのように響かせたいと願う。(報道部・村上俊)


2017年01月04日水曜日


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