宮城のニュース

<みやぎ工業会30年>情報発信・共有を強化

竹渕裕樹(たけぶち・ひろき)78年東京エレクトロン入社。東京エレクトロン宮城会長などを経て、14年同社顧問。12年6月に工業会会長(現理事長)就任。群馬県嬬恋村出身、62歳。

 宮城県内の製造業者らでつくるみやぎ工業会が1986年12月の創立から30年の節目を迎えた。経済環境や産業構造が変化する中で、工業会が担う役割も変わりつつある。竹渕裕樹理事長に現状と今後の展開などを聞いた。(聞き手は報道部・加藤健太郎)

◎竹渕裕樹理事長に聞く

 −設立30年を迎えた。
 「一つの区切り。企業誘致による製造業の集積や東日本大震災などの契機もあり、組織として変わっていかなければならない時機だ。会員は現在約360社。構成は創立時からの継続が3分の1で、残り3分の2は新たに加入した。近年ではIT企業や人材派遣、農業法人なども加わり、新陳代謝が進んでいる」

 −どう変わっていくのか。
 「例えば1次産業との連携だ。カット野菜や水産加工品の工場は設備やセンサーの集まり。県外に発注されている設備は、地元企業の技術を集めて作ることもできる。製品の品質を保証するための工程管理ができる人材の育成や海外輸出への考え方はものづくり企業が得意とする分野だ」

 −今後の方向性は。
 「会員企業などの産産連携で『こんなことができる』という情報発信を強める必要がある。会として情報の共有化を進め、各企業が最終製品を意識した提案力を磨くことが重要だ」

 −経営者の人材育成も必要だ。
 「理事長就任後、100社以上を訪問した。県内の経営者は堅実だ。インターネットを駆使する若い経営者も出てきた。若手でつくる異業種交流会のメンバーが2014年から全国大都市若手経営者の集いに加わり、活発に活動している」

 −震災を踏まえた体制づくりは。
 「震災後、被災企業に全国から設備などを寄せてもらった。横浜市工業会連合会とは義援金が縁となり、事業継続計画(BCP)の検証や代替生産など有事の際の包括連携について検討を進めている。若手経営者の集いなども含め、震災の経験を伝えていきたい」


関連ページ: 宮城 経済

2017年01月06日金曜日


先頭に戻る