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<マスト>商業施設 願いは共栄

住民の求めに後押しされ、マストが営業を再開した。(左上から時計回りに)2000筆を超えた署名簿、再起したこのさん食堂の岩間さん、がれきにのまれたマスト、店舗前のバスに乗り込む住民のコラージュ

 東北の日常が断絶したあの時。被災地の企業はどう動いたのか。自ら被災しながらも、地域や住民に尽くした企業市民の姿を追う。

◎トモノミクス 被災地と企業[7]第1部 衝動(5完)こたえる

 廃業寸前だった地元資本のショッピングセンターが、地域との運命共同体として第2の創業を果たした。
 2011年12月22日。岩手県大槌町のショッピングセンター「シーサイドタウン マスト」が復活した。東日本大震災から9カ月。にぎわう店内では、互いの無事を確かめ、涙を流して抱き合う買い物客がいた。
 悪夢だった。大津波は店舗2階まで達し、駐車場もろともがれきにまみれた。「町も商売も終わった」。黒沢敬弥(たかや)社長(52)は絶望した。入居する地元の店舗はいずれも被災した。自己資金はなく、役員と会社の清算を検討した。
 背中を押してくれたのは住民だった。営業再開を求める署名活動が始まり、11年5月には2000筆を超える署名簿がマストに届いた。

 中心部は商店が流失し、住民は内陸部への買い物を強いられた。「買い物に不便なままでは、住民が本当に町を捨ててしまう」。署名に勇気づけられ、黒沢社長は再開を決意する。
 再建に向けた取り組みは国のグループ化補助金制度に採択され、資金調達のめどが立った。「マストが再開するから町内に残ることにした」。再開後、住民から寄せられた言葉だった。
 黒沢社長の脳裏にあったのは、二十数年前の創業時に抱いた危機感だ。
 当時、町には大規模商業施設がなく、客は町外に流出していた。「受け皿を作って町内でお金を回そう」。1990年、中小零細の地元商店主9人が運営会社を設立。93年に県沿岸部最大の商業施設マストが船出した。
 第2の創業の前途は多難だった。震災前から進む人口減は加速度を増す。15年10月の町人口は1万1732。10年より2割以上減った。地域に必要とされても、経営が成り立たなければ持続できない。どう生き残るか。黒沢社長らは「拠点性」に目を付けた。

 テナントに医院や銀行、介護施設の相談窓口を入れた。被災した公民館や集会所に代わって、住民が集える休憩スペースやホールを拡充。路線バスや町のコミュニティーバスは、マスト前にバス停を設けた。
 復興が進み、近隣にライバル店は増えたが、客足は月11万人と震災前と変わらない。テナントは現在47店。震災前より11店増えた。
 津波で店舗を失った「このさん食堂」はマストで再起した。「再オープンには長蛇の列ができた。体の続く限りやりたい」。代表の岩間博之さん(62)は地域と生きる決意を語る。
 地元資本の商業施設は地域から逃れられない。地域経済を回し、共に栄える。黒沢社長の願いだ。売り手と買い手が応え合う温情味のある資本主義。トモノミクスが被災地を照らす。
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 企業の社会的責任(CSR)。21世紀、世界の企業に浸透し始めた概念だ。東日本大震災後、東北の被災地には無数の企業が足を踏み入れ、試行錯誤を重ねた。艱難(かんなん)の地へ、生活の糧を、癒やしを、希望を。企業を突き動かした衝動は何だったのだろう。あれから間もなく6年。CSRを足掛かりに、あの日に返って経済社会を展望する。見えてくる明日を、私たちは「トモノミクス」と呼ぶ。


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2017年01月12日木曜日


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