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戦前の皇居アルバムに 元近衛兵が作成

空襲で焼失した大手門とされる写真
終戦前年の1944年ごろに作られたアルバム
丹野亘さん

 宮城県名取市高柳の農家丹野亨さん(82)方に、終戦前の皇居などの写真が収められたアルバムが保管されている。近衛兵だった兄の亘さん(故人)が作ったもので、米軍の空襲で皇居に焼夷(しょうい)弾が落ちた1945年5月25日以前の皇居内や外観、皇族方の姿が写されている。アルバムは空襲前に地元・名取に移されたため、焼失を免れた。丹野さんは「貴重な写真だと思われるので、しかるべき機関に提供したい」と話す。
 アルバムは縦約27センチ、横約36センチ、厚さ約2.5センチ。表紙には「在営の思出(おもいで) 近衛歩兵第一連隊 第一機関銃中隊 丹野」と書かれており、43年ごろに近衛兵となった亘さんが翌44年ごろ、東京の写真店に撮らせてまとめたとみられる。
 中には空襲で焼失した大手門とみられる写真のほか、玉座や賢所、坂下門、乾門といった皇居の内外、皇族方らの乗馬の様子などを撮影したものも含め、計約130枚が収められている。
 空襲で皇居は一部が焼けたが、亘さんが44年夏に差し入れに訪れた父の〓吉(えなきち)さん(故人)へアルバムを渡していたため、難を逃れた。
 亘さんは終戦後、名取に戻ったが、48年に27歳で病死。丹野さんは当時、まだ幼かったため、亘さんがアルバムを作った理由などは分からないという。
 丹野さんは「今となれば、さまざまな場所が写されたこれだけの枚数の写真は資料的価値があるかもしれない」と語り、公的機関などから寄贈依頼があれば応じる考えでいる。

(注)〓は「胞」の下が「衣」


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2017年01月16日月曜日


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