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<星野仙一>野球やっていてよかった

 東北楽天の星野仙一球団副会長は16日、野球殿堂入りの発表後の取材に対し、2013年の初の日本一達成など監督生活の思い出や、今後の野球界の在り方などを語った。

 −殿堂入りした率直な気持ちは。
 「特別な感慨はなかったが、じわじわと野球をやっていてよかったと思うようになった。素晴らしい方々の中に名を連ねられて感謝している。自分みたいなのが殿堂に入れば、これからの若者も『チャンスがある』と思うだろう」

 −中日、阪神、東北楽天で監督を務め、全球団でリーグ優勝。監督として3球団でリーグ優勝は三原脩氏(西鉄など)、西本幸雄氏(阪急など)と3人だけ。
 「下位のチームばかり引き受けた。2、3年以内に優勝できたのは選手たちのおかげだ」

 −13年は東北楽天を初の日本一に導き、自身も監督として初の日本一だった。
 「現役時代から巨人戦のことばかり考え、むきになって投げていたので、13年は(日本シリーズに)『巨人が出てきてくれ』と願っていた。ほかのチームが相手だったら少し寂しく、燃え方が70パーセントくらいだったかもしれない。巨人相手だったから第7戦まで戦えた」

 −戦う姿勢を前面に出し「闘将」と呼ばれた。指導で心掛けたことは。
 「ニックネームで『闘将』と呼ばれるのはありがたいことと思っていた。指導の中では、できる限り人間としての思いやりを持って接することを大切にした」

 −同じ岡山県出身で1学年下の平松氏と同時の殿堂入りになった。
 「彼とは高校でもプロでも投げ合ったし、もっと早く殿堂入りしていいと思っていた。岡山の野球界は喜んでいるだろう」

 −今後の取り組みは。
 「少年野球から高校、大学、社会人、独立リーグも含めて底辺の拡大をしないとプロ野球はいずれ破滅してしまう。後進を育成するお手伝いをしたい」


2017年01月17日火曜日


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