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<青森空襲>体験者の記憶 絵で後世へ

電務区の窓から爆撃機を見たというテルさんの証言をもとに描いた絵
空襲の次の日に遺体をトラックに運び込む様子
張山喜隆さん

 多くの犠牲者を出した太平洋戦争末期の青森空襲を広く知ってもらおうと、青森市の美容院経営張山喜隆さん(66)が体験者に聞いて描きためた絵を、同市の市民団体がインターネット上で紹介している。
 青森空襲は1945年7月28日にあり、約5万本の焼夷弾が投下され、700人以上が犠牲になったとされる。
 張山さんは戦後生まれだが、2009年に84歳で亡くなった母テルさんから生前に戦時中の話を聞いていた。テルさんは現在のJR青森駅近くにあった青森電務区でかつて電話交換手をしており、「電務区の窓からB29を見たとき、初めて戦争を実感した」とよく話していたという。
 張山さんは、テルさんが亡くなる前にその記憶を残そうと、空襲の絵を描き始めた。美容院を訪れる高齢者にも当時の話を聞いて絵にした。
 空を覆うように飛ぶB29や、操縦席の米軍人、空襲の犠牲者の遺体をトラックに運び込む様子−。絵を習ったことはないが、水彩絵の具などで、A4判の画用紙に丁寧に描写。本人に何度も見せて確認しながら完成させた。
 昨年12月、市内の歴史を記録している市民団体のメンバーが張山さんに依頼し、インターネットで公開することになったという。
 「(絵を)孫に見せると怖いから見たくないと言う」と張山さん。「戦争は恐ろしいもの。けんかをせずに話し合いで解決しようと、絵を見て感じてくれればいい」と思いを語る。
 作品は全部で19枚あり、「青森まちかど歴史の庵(いおり) 奏海(かなみ)」のホームページの「伝えたい記憶」に順次掲載される。


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2017年01月18日水曜日


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