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<奮闘お笑い芸人>「不毛の地」にこそ花を

<ティーライズ 代表古家義郎(38)>1組でいい売れてくれやめるにやめられない
<「魅知国仙台寄席」席亭 白津守康(55)>他流試合で成長 羽ばたいてほしい
<タレント ワッキー貝山(46)>サンドがM−1優勝 自宅のトイレで泣いた
サンドウィッチマンも度々出演したライブ「ザ・旬者」

 仙台市出身の「サンドウィッチマン」が07年末のM−1で優勝してから10年。サンドに続けと奮闘するお笑い芸人たちを追った。

◎裏方 情熱の種まく

 古家義郎(38)は1999年、20歳で仙台にプロダクション「ティーライズ」を旗揚げした。今年で18年、若手を中心に10組が所属する。
 地元のテレビやラジオにレギュラー出演する芸人も出てきたが、東京で名前が売れた例はいまだない。
 「選んだ道に悔いはない。ただ1組でいい、売れてほしい。それまではやめるにやめられないよ」

<助言せず放任主義>
 札幌市出身。芸人を目指して上京したが、レベルの違いを思い知らされて裏方に回った。縁もゆかりもない土地での挑戦だった。
 2000年に始めた月1回の「IGINARI LIVE(イギナリライブ)」はこの夏、200回を迎える。音響や照明など、舞台裏をほぼ1人で担う。
 ネタ、芸に関して助言はしない。放任主義を貫く。「立ち位置や声の出し方など基本的なことは教える。何が当たるか分からない時代だから、個性は大事にしたい」
 仙台は演劇、音楽活動が盛んな一方で、お笑い文化は根付かず「不毛の地」と呼ばれてきた。
 古家と同様、落語芸術協会仙台事務所長の白津守康(55)も、そんな仙台で、いわば土を起こしてきた。不動産業などを営む傍ら、席亭として月例の「魅知国(みちのく)仙台寄席」を10年から続ける。
 ティーライズ所属のコンビ「ニードル」と「ストロングスタイル」に漫才協会(東京)への入会を勧め、東京・浅草の舞台に定期的に出演できるよう橋渡しした。「他流試合しないと成長しない。羽ばたいてほしい」と心から願う。

<「M−1」で頂点に>
 仙台市出身のタレント、ワッキー貝山(46)は、若手のプロデュースにも力を入れてきた。ライブ「ザ・旬者(しゅんもの)」シリーズを02年から3年ほど主催した。無名だった伊達みきお(42)、富沢たけし(42)の「サンドウィッチマン」も度々出演した。
 2人は07年暮れ、若手漫才の登竜門「M−1グランプリ」で頂点に上り詰めた。当時の出場資格は結成10年以内でチャンスは残り2回。小さなプロダクションに所属し出場を迷うコンビに「やってみて、駄目なら仙台に戻ればいい」と励ました。2人の親からは芸人を諦めるよう、説得を頼まれたこともあったという。
 「驚き、そしてうれしくなって自宅のトイレで泣いた。仙台からもようやく芽が出たと思った」。その種をまいた、ささやかな自負はある。
 「でもサンドは、俺に仕事であんまり声を掛けてくれないのよ」
 貝山は人懐っこく笑った。
(敬称略)


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2017年01月19日木曜日


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