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<避難解除>楢葉で唯一酪農再開 原乳を出荷

乳牛の世話をする蛭田さん。再スタートを切った=24日午前、福島県楢葉町

 東京電力福島第1原発事故による避難区域だった福島県楢葉町で24日、避難指示が出た区域で初めて原乳の出荷が再開された。町でただ一人酪農を再開し、安全性を実証した蛭田博章さん(48)は「乳を搾る喜び」をかみしめながら「県内の酪農家が風評被害と闘っている。責任の重さを感じる」と気を引き締めた。
 午前10時半すぎ、全農の集乳車が山あいの「蛭田牧場」に到着した。この日の朝と前日夜、18頭から搾った約400キロが車のタンクに吸い込まれた。
 長い道のりだった。
 事故直後、いわき市に避難した蛭田さんは牧場に通い、約120頭に餌を与え続けた。2011年4月22日、町は警戒区域となり、立ち入りが禁じられる。
 それでも3日に1度「道なき道」を軽トラックで走り、片道2時間かけ牧場に向かった。餌を与える。「牛がバーッと食べ、私の方を見る。つらかった」
 夏。牛が死に始めた。「朝早く来て、生きている牛に餌をやり、穴を掘って死んだ牛を埋める。その繰り返しだった」と語る。
 冬。研究機関から牛の内部被ばくを調べたいと申し出があった。
 残っていたのは約10頭。「いつ死ぬか分からない状態。冬は越せない。ならば将来のために意味のある形で」と検体に提供することを決めた。横たわり、息を引き取ろうとする牛の目から、すーっと涙が落ちた。
 再開を諦めず、12年から農地除染に従事し、保全管理も請け負った。14年から実証試験で牧草を育て、安全性を確認。15年9月、町の避難指示が解除された。
 16年4月、県の実証事業で6頭を導入した。5年ぶりの牛。「息、かみ返し、ふんの落ちる音。うれしかった」。5〜12月に毎週、原乳の放射性物質検査を受け、全て不検出。国は12月26日、出荷制限を解いた。
 牛は33頭に増えた。いわき市を朝6時に出て、夜9時すぎに帰る。原発事故でヘルパーもいなくなり、年中無休だが「長い休暇が明けた。将来に向けて今が踏ん張りどころ。悔いは残したくない」と根を詰める。
 初出荷の朝、搾乳後に子牛が生まれた。「あの時、死んだ牛のためにも、命をつないでいきたい」
 出荷作業は20分ほどで終わった。全農県本部は放射性物質を検査した上で、他の原乳と合わせる。
 「常に責任と緊張感を持ち続ける。丹精込めて牛を育て、安全でおいしい牛乳を生産していく」
 担当者から5年10カ月ぶりに出荷伝票を受け取った蛭田さんは「よろしくお願いします」と頭を下げ、出発を見送った。(いわき支局・古田耕一)


2017年01月25日水曜日


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