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<原発事故>被ばくの不安 町の音変える

原発事故から1カ月余りたった新浜公園。1日の利用を1時間に制限する看板が設置された。現在は制限がなく子どもの声が響く=2011年4月
永幡幸司福島大准教授

 東京電力福島第1原発事故に伴う福島市内の音環境の変化を、福島大の永幡幸司准教授(芸術工学)が記録し続けている。静寂やざわめき、歓声といったさまざまな音の風景から、未曽有の災害の中で揺れ動く人々の心が浮かび上がる。
 音の記録は2011年5月1日に始め、今まで約30カ所で実施した。多い場所では80回以上の録音を重ねている。
 「原発事故で大きく変わった福島市の暮らしのありようを後世にリアルに伝えたい。人の生活に必ず付きまとう音を記録することが、その一助になる」と永幡さんは説明する。
 事故の影響が分かりやすいのは、最初の録音場所に選んだ市中心部の新浜公園、市街地に隣接する信夫山、近郊の里山にある小鳥の森の3カ所だ。
 新緑の季節で事故前なら人の声が響きわたるはずなのに、いずれも鳥のさえずりしか聞こえない。自然の音に満たされた環境が幸せに感じられない。永幡さんが「放射能による沈黙」と呼ぶ皮肉な静寂が伝わる。
 新浜公園は11年夏に除染が行われ、放射線量が下がると様相が変わる。12年春、初めて子どもの声が録音され、陽気が良くなるとともに歓声が増えていく。
 信夫山は11年秋に除染が始まったが効果が上がらず、人の戻りが遅れた。祭りや花見の時はにぎやかになるが、行事が終わると静けさに包まれる。
 安心感が生まれ、普段から子どもの声が聞こえるようになったのは、1時間当たりの放射線量が原発事故による追加被ばく線量を年間1ミリシーベルト未満に抑える基準となる0.23マイクロシーベルト前後に下がってからだったという。
 一方、小鳥の森は15年に一部の除染がようやく始まったものの、落ち葉のたまる所などは線量が高く、今も訪れる人が少ない。子どもの声はほとんど聞こえない状況が続く。
 永幡さんは「音の記録からは人々が放射能を恐れ、被ばくを何とかコントロールしようとする姿が分かる。これが原発事故に遭うということ。福島市のような微妙な汚染地域で暮らす不安感が見える」と話す。
 昨年12月にはハワイであった日米音響学会合同会議で、福島の音環境について報告した。欧米の研究者からは「音が人間の生活に密着していることが衝撃的な形で表現されている」と驚かれたという。
 永幡さんの記録はホームページ「福島サウンドスケープ」で聴取できる。


2017年01月27日金曜日


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