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<殿、利息でござる!>無私の精神 先人示す

江戸時代、豪商本間家が手掛けた砂防林。庄内の暮らしや産業を守ってきた=酒田市

 CSR(企業の社会的責任)の水脈をたどると先人の無私、公益の精神に行き着く。商人や企業にはそれぞれの時代、社会的責任を自覚し、社会貢献に動く姿があった。(「被災地と企業」取材班)

◎トモノミクス 被災地と企業[9]第2部 水脈(1)すくう

 奇策をひねり出した町一番の知恵者が力んだ。
 「もうけ話ではないんです。大枚をはたいても、ちっとも自分の得にならない」
 昨年ヒットした映画「殿、利息でござる!」の一場面。知恵者が仲間に、地域のために無私を貫く覚悟を問う。
 舞台は江戸時代、重税に苦しむ宿場町吉岡(宮城県大和町吉岡)。町は疲弊し、夜逃げする人々が後を絶たない。篤志家9人は家財をなげうってお金を捻出。藩に貸し付け、利息で町を困窮から解放した。
 2003年、町民有志は吉岡の九品寺に顕彰碑を建てた。二幡(ふたはた)俊道住職(69)は「いざというときの互助の精神は、いつの世も大切だ」と静かにたたえた。
 日本には、陰徳を積むという美徳があった。福祉の概念が希薄な時代。持つ者が持たざる者を救うか否かは、その人の徳や公共心にかかっていた。

 真冬の日本海から雪交じりの風が吹きつける。山形県庄内地方の海岸には全長33キロの松林が延びる。砂丘に植えた人工の砂防林だ。
 庄内の人々は古来、砂と風との闘いに明け暮れてきた。気を緩めると家屋や田畑は砂に埋まる。約300年前から多くの商人や住民が植林を繰り返した。
 大きな役割を担ったのが、日本一の大地主とされた酒田市の本間家の3代目光丘(みつおか)(1733〜1801年)。北前船の交易を担った豪商、金融業者だった。
 植林は藩への献納金の一部を原資にした。能登(石川県)から苗木100万本を取り寄せ、作業には生活困窮者を雇用した。
 光丘は「公益経営者の祖」と呼ばれる。弱者への低利融資、凶作時の米の放出、港湾労働者の失業対策工事の発注など、その活動は多岐にわたる。動機を「財力があったから」とだけで片付けられるだろうか。
 本間美術館(酒田市)の田中章夫館長(66)は「施すのではない。事業は藩のためになり、町の人からも喜ばれるような二重三重の仕組みを考えた」と言う。本業と公益が調和した思想は、現代のCSR(企業の社会的責任)につながる。

 本間家11代当主、万紀子さん(59)は「家代々の理念は『まちとともに歩む』。祖母から『人のことをよく考えなさい』と繰り返されてきた」と振り返る。
 厳しい自然環境が共同体意識を培う。庄内は今「公共の古里」を名乗る。
 <かきつばた、水へも影を分けて咲く>
 花は美しさを水面にも映す。俳人だった光丘が「豊かさを分け与えるような人になりたい」との思いを込めたという。利他と共栄の思想。万紀子さんは、この句を大切にしている。
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 企業の社会的責任(CSR)。21世紀、世界の企業に浸透し始めた概念だ。東日本大震災後、東北の被災地には無数の企業が足を踏み入れ、試行錯誤を重ねた。艱難(かんなん)の地へ、生活の糧を、癒やしを、希望を。企業を突き動かした衝動は何だったのだろう。あれから間もなく6年。CSRを足掛かりに、あの日に返って経済社会を展望する。見えてくる明日を、私たちは「トモノミクス」と呼ぶ。


2017年01月27日金曜日


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