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<被爆倉庫解体>一部移設、惨状残す

解体後に移設する被爆倉庫の柱などを清め、工事の安全を祈った祈願祭
被爆倉庫の外観

 太平洋戦争の終戦前夜に秋田市であった土崎空襲で被災した旧日本石油秋田製油所(秋田市土崎港相染町)の「被爆倉庫」が解体されるのを前に、工事の安全祈願祭が27日、現地で行われた。建物に残る焼けただれたコンクリート柱と梁(はり)の一部は、来年3月に開館する「土崎みなと歴史館」(仮称)で展示される。
 建物を管理する秋田市、JXエネルギー秋田油槽所、工事関係者ら約20人が出席した。神事の後、宮司が建物内を清め、工事の無事を祈った。
 土崎空襲では一帯に爆弾約1万2000発が投下され、少なくとも市民252人が犠牲になった。被爆倉庫の柱と梁は表面が溶け、むき出しになった鉄筋が焼き切れている。火災の熱は1200度以上になったとみられ、戦争の惨状を今に伝えている。
 戦後、被災部分を2階建ての建物で覆い、数年前までJXエネルギー秋田油槽所が製品試験棟として利用していた。2012年春の強風で屋根などが壊れ、同社は修復が困難だとして解体を決めた。
 その後、空襲体験の伝承に取り組む地元の市民団体の要望を受け、市が14年12月に建物を譲り受けた。市は土崎みなと歴史館に柱9本と梁を移設し、うち2本は切断した上で来場者が触れられるようにする予定。
 市企画調整課の佐藤正人参事は「新施設ではいつでも見学できるほか、保存性も高まる。二度と戦争を繰り返さない世の中にする教材にしたい」と話した。


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2017年01月29日日曜日


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