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<タリウム事件>火付ける目的は焼死体の観察

 名古屋地裁で30日に開かれた元名古屋大女子学生(21)の裁判員裁判第5回公判で、元名大生は2014年に仙台市の住宅に2度放火しようとした事件の動機などを詳述した。被告人質問の要旨は次の通り。

【2014年8月30日の火炎瓶製造・器物損壊事件】
 14年8月30日午前2時50分ごろ、ペットボトルを使った火炎瓶事件を起こしたことは間違いない。放火して焼死体が見たかった。
 高校2年の秋ごろ、法医学者の著書「毒殺」を読んだ。火災の「毒」は一酸化炭素。やけどの特徴などが印象的で焼死体に強く興味を持った。焼死体は人間というより物。焼死体という物体を観察したかった。
 放火の条件は(1)一戸建て(2)土地勘(3)知り合い−の三つ。マンションは防火設備が整い、土地勘がないと挙動不審になる。全く関わりがないと葬式に呼ばれない。人通りが少なく、住人が就寝中の深夜を選んだ。
 妹の中学の同級生を狙った。この男性と面識はない。妹に地図を描いてもらった。妹の付き添いで葬式に参列することを想定した。妹の同級生でなくても誰でもよかった。他に知人4人の家への放火を検討した。
 高校3年に進級するまで放火方法や焼死体の様子を空想していた。放火を想定し、ゼリー状の着火剤を100円ショップで購入した。高校3年時は受験勉強で忙しく、焼死体の空想はしなかった。
 大学1年の夏、偶然「毒殺」を読み返し、焼死体を見たいという気持ちが再燃した。火炎瓶の作製方法は高校1年時にネットで調べた。下見はしていない。狙った家が妹の同級生宅ではないことは知らなかった。
 灯油を約350ミリリットル注いだペットボトルと丸めた新聞紙、着火剤を持ち、8月29日午後9時ごろ自宅を出た。「毒殺」を読んだ約2時間後で、焼死体のことを考えると居ても立ってもいられなくなった。犯行までの5時間余り仙台市内を自転車で徘徊(はいかい)した。
 ペットボトルを被害者方の縁側に置いて着火剤を周辺にまき、導火線代わりの新聞紙に火を付けた。すぐに現場を去った。30日朝、失敗したことを知った。残念だった。2日後、高校の友人に犯行を打ち明け、現場を見に行った。1カ月後、妹にも話した。妹には着火剤を処分させた。

【14年12月13日の殺人未遂・放火未遂事件】
 6日前の12月7日に名古屋市で女性を殺害後、翌8日に仙台市に帰省した。仙台でも人を殺したいと思ったからだ。候補は高校の同級生。「一緒に遊ぼう」と声を掛け、2月ごろ殺害しようと考えた。
 仙台にパソコンや携帯電話、殺害に使ったおの、ナイフ、薬品一式を持ち帰った。薬品一式は自分の身から離したくなかった。犯行前日の12日は妹とウイスキーボトル1本(720ミリリットル)を飲み、かなり酔った。何がきっかけで放火を決意したか覚えていない。
 放火方法は14年9月ごろ、ネットで「放火 方法」と検索し、ガソリンをまき放火する動画を見た。私は一度失敗した。どうすれば成功するか知りたかった。
 犯行に使った化学薬品ジエチルエーテルは翌10月に購入した。ハムスターの解剖で麻酔に使おうと思った。薬品は郵便受けから玄関内に注いだ。私が火を付ける目的は焼死体の観察しかない。いたずら目的で放火することはない。


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2017年01月31日火曜日


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