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<野蒜小津波訴訟>控訴審結審 判決4月27日

13人の遺体が確認された野蒜小体育館跡地。学校は本年度で142年の歴史を閉じ、震災5年が過ぎた跡地には花が置かれていた=2016年3月13日、宮城県東松島市野蒜亀岡

 東日本大震災で宮城県東松島市野蒜小体育館に避難後、津波で亡くなった女性=当時(86)=と同小3年の女児=同(9)=の遺族が市に計約4000万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審が2日、仙台高裁(古久保正人裁判長)で結審した。判決は4月27日。
 遺族側は最終準備書面で「地域防災計画に従い、校長は校舎の2階以上に避難誘導すべきだった。体育館の防災ラジオで津波情報は簡単に得られた」と主張した。
 市側は控訴審で「学校は津波浸水予想地域外にあり、津波の襲来を予見できなかった」と訴え、引き渡しの是非が争われた女児については「帰路が危険として責任を認めるのは不当だ」と反論していた。
 昨年3月の仙台地裁判決は、担任教諭から同級生の親に引き渡された後、自宅付近で亡くなった女児について、「帰路、津波浸水域を必ず通る必要があり、危険は予見できた」と学校側の責任を認め、市に約2660万円の賠償を命じた。
 一方、体育館内で死亡した高齢女性2人に関しては「学校側は津波の到達を予見できなかった」として請求を棄却した。当時86歳の女性の遺族と市がそれぞれ控訴した。


2017年02月03日金曜日


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