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<鬼伝説爪痕をたどる>敵への怒り 掛け声に

鬼の像を展示している古民家で「福は内、鬼も内」と豆をまく長治さん(右端)=3日、村田町の民話の里

 数々の民話が息づく宮城県村田町には、鬼とゆかりの深い伝統行事や名所、文化財が残る。悪鬼が逃げ惑う時節が好機とばかりに、それぞれの「爪痕」をたどった。(大河原支局・柏葉竜)

◎みやぎ路 村田町(上)豆まき

 3日の節分。村田町の北東部にある姥ケ懐(うばがふところ)地区の豆まきで、一風変わった掛け声が上がった。
 「福は内、鬼も内」
 会場は観光施設「民話の里」にあるかやぶき屋根の民家。おきな姿になった地元の農家渡辺長治さん(68)が升に入った豆をつかみ、勢いよく放った。
 民家内に展示された鬼の像を横目に掛け声を繰り返すたび、会場の一体感が高まる。20人ほどの地域住民の顔には、次第に穏やかな笑みが広がった。
 「よそと掛け声が違うのは、地域に残る鬼伝説のためさ」。豆まきを終えた長治さんは言った。

 地区に伝わるのは平安中期の武将、源頼光の四天王の一人、渡辺綱(わたなべのつな)の物語だ。綱は京都の羅生門で鬼と戦い、相手の片腕を切り落とす。腕を石の長持ちにしまい、逃げた鬼を追ってたどり着いたのが姥ケ懐地区だった。
 一計を案じた鬼は綱の叔母に化け「評判の鬼の腕を見せてくれ」とせがむ。綱が断り切れずに長持ちを少し開けると、鬼は腕をつかみ、いろりの自在かぎを伝って、屋内の煙を外に出す「けむ出し」から逃げた。
 長治さんは「綱があまりにも気の毒。豆まきの掛け声には鬼が二度と逃げないようにとの思いを込めている」と説明する。
 源氏が没落した後、綱の子孫は姥ケ懐に隠れ住んだとの言い伝えが残る。現在も、地区内で暮らす30軒近くのほとんどが渡辺姓だ。
 「鬼も内」は決して鬼への優しさではない。「鬼はやっぱり憎いのさ」と長治さん。「先祖」の敵への怒りは、時代が移り変わっても収まらない。

 昔、地区内の豆まきの掛け声には「鬼の目ん玉くりぬけ」との言葉もあった。目がなければ逃げられないからだ。最近では、表現が不穏当だとして口にする住民はいなくなった。
 いろりを使った時代、渡辺姓の家は綱の無念を思いやり、けむ出しを設けなかった。
 煙が屋内に充満するため、眼病にかかる子どもが多かったのが当時の悩みの種。地区内には目のごみを取り除く「ほこり取りのばんつぁん」と呼ばれる老婦人がいて、眼科医のように頼りにされたという。
 山あいにある姥ケ懐地区はかつて、陸の孤島のような存在だった。住民たちは言い伝えを心の支えに助け合ってきた。地区のまとめ役の渡辺人志さん(69)は「鬼伝説は自分たちの誇り。末代まで語り継ぎたい」と静かに語る。


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2017年02月04日土曜日


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