宮城のニュース

<鬼伝説爪痕をたどる>跡くっきり 想像呼ぶ

地域の守り神として手かけ石を祭る渡辺千治さん=村田町姥ケ懐地区
石の中央に手形が残る手かけ石。さい銭が供えられていた

 数々の民話が息づく宮城県村田町には、鬼とゆかりの深い伝統行事や名所、文化財が残る。悪鬼が逃げ惑う時節が好機とばかりに、それぞれの「爪痕」をたどった。(大河原支局・柏葉竜)

◎みやぎ路 村田町(中)手かけ石

 村田町の姥ケ懐(うばがふところ)地区に「鬼の手かけ石」があると耳にした。
 現地で確かめると、縦60センチ、横50センチほどの石に右手の跡がくっきり。手形の大きさは成人男性の手より一回り小さい。「子鬼なのだろうか」と思わず首をかしげた。
 石の由来をたどると、平安中期の武士渡辺綱(わたなべのつな)による鬼退治の伝説に行き着く。
 綱は京都で鬼の片腕を切り落とし、逃げた鬼を捜して姥ケ懐地区に。鬼は老婦人に姿を変えて現れ、綱から腕を奪って消え去った。その際に手を突いたのが手かけ石だったという。
 地元では「姥の手かけ石」との呼び方が一般的だ。鬼が化けた老婦人の手形だとすれば、小ぶりなのもうなずける。

 一方、県内各地の言い伝えをまとめた「郷土の伝承 宮城の民俗誌」をひもとくと、手形の主は足柄山と姥ケ懐を行き来し、金太郎を育てたやまんばだという。金太郎は後の坂田金時で、渡辺綱と共に武将源頼光に仕えた四天王の一人として知られる。
 ある日、金太郎を抱いたやまんばは沢の水を飲もうとして、近くの大きな石に手を掛けた。そこで足を滑らせそうになり、思わず手に力がこもったのが跡になって残ったとされる。
 「鬼説」や「やまんば説」に対し、地元のそば店主渡辺千治さん(76)は「じいさんやばあさんから聞いた話とは違う」と異を唱える。
 千治さんによると、集落から3キロほど北東にある子守沢という場所で、大きな赤ん坊を背負った老婦人が暮らしていた。老婦人が沢の水を口にしようとして川辺の石に手を突き、手形が残ったのが手かけ石。赤ん坊は後の渡辺綱とされる。

 手かけ石は今、地区内の観光施設「民話の里」の県道を挟んで向かい側にある。千治さんによれば、100年以上前に住民が子守沢から運び込んだという。
 千治さんは「鬼説」について「鬼の伝説があるからこそ多くの人が姥ケ懐に足を運んでくれる」と前向きに捉える一方、「実際に先祖から伝わった話も後世に残ってほしい」と望む。
 手形を残したのは鬼かやまんばか、はたまた老婦人か。いずれにせよ、5本の指の先がめり込んだように見える不思議な石が、先人たちの想像力を強くかき立てたことだけは間違いない。


関連ページ: 宮城 社会

2017年02月05日日曜日


先頭に戻る