宮城のニュース

<鬼伝説爪痕をたどる>迫力の形相 来歴は謎

「鬼のミイラ」とされる展示物。鋭い牙や爪が強い印象を残す
「鬼」と刻まれた木箱に「鬼のミイラ」をしまって管理する石黒さん=村田町歴史みらい館

 数々の民話が息づく宮城県村田町には、鬼とゆかりの深い伝統行事や名所、文化財が残る。悪鬼が逃げ惑う時節が好機とばかりに、それぞれの「爪痕」をたどった。(大河原支局・柏葉竜)

◎みやぎ路 村田町(下)ミイラ

 憤怒の色を浮かべた迫力満点の形相に、思わずたじろいだ。
 大きくくぼんだ目と鼻に短い角。裂けたような口からは上下20本以上の牙がむき出しになっている。
 村田町歴史みらい館には「鬼のミイラ」と呼ばれる展示物がある。顔は長さ40センチほど、とがった爪の3本指の手は20センチぐらいの大きさ。ぱっと見た感じは風化した石のような質感だ。
 「鬼のミイラだけを見に遠方から訪れる来館者も多い」とみらい館の副参事石黒伸一朗さん(59)。鬼のミイラは地元ではそれほど有名ではないが、全国の鬼マニアにはよく知られた存在だ。

 鬼のミイラは、蔵の町並みで知られる町中心部の旧商家が1994年にみらい館に寄贈した。客を呼び込むために店先に置いていたらしい。当主や家族は亡くなっており、詳しい来歴をたどるすべはない。
 旧商家から「こんなものがあるんだけど」と寄贈を受けた時、石黒さんはリアルな造形に驚いた。あまりの衝撃に、目にした晩の夢に鬼のミイラが出てきた職員もいたという。
 鬼のミイラの正体は一体何なのか−。
 「さすがに本物ではないと思うが…」。記者が言葉を選びながら切り出すと、石黒さんは「鬼は想像上の生き物なだけに、もちろん作り物」とあっさり明かしてくれた。
 石黒さんによれば、鬼のミイラは粘土や和紙、動物の骨と皮を組み合わせてできている。和紙に書かれた記述などから推測するには、江戸時代末期から明治初期にかけ大阪辺りで作られたとみられる。
 町内の姥ケ懐(うばがふところ)地区に残る鬼伝説と直接は関係がなさそうだ。とはいえ、鬼にゆかりのある村田町に鬼のミイラが残っている事実は偶然にしても興味深い。

 「日本妖怪ミイラ大全」の著者山口直樹さん(62)=東京=によると、鬼のミイラは全国7カ所に現存する。主に全身と頭部の2種類があり、頭部の場合は村田のように片手とセットの場合が多い。平安時代の武士渡辺綱(わたなべのつな)が鬼の片腕を切り落とした伝説を踏まえて作った可能性があるという。
 「ミイラが本物かどうかはそれほど重要ではない」と持論を展開する山口さん。「鬼に思いを託しながら、あがめたり、祭ったりしてきた日本文化の豊かさにこそ目を向けてほしい」と願う。


関連ページ: 宮城 社会

2017年02月06日月曜日


先頭に戻る