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<手腕点検>熱さと若さ 復興けん引

児童らと鯨肉の給食を食べながら談笑する須田町長=1月20日、女川町女川小

◎2017宮城の市町村長(28)女川町 須田善明町長

 「これまで構築してきた点の数々がつながり、線、そして面へとつながる年になる」
 東日本大震災の津波により、町中心部が壊滅状態となった女川町。須田善明町長(44)の年頭の訓示に、町再生の拠点を着実に築いてきた自負がにじんだ。

<迅速な事業推進>
 震災後の2011年11月、町の復興を託され、無投票で県議から町長に転じた。2期目の今も先頭で町の再興に力を注ぐ。JR女川駅や商業エリア、魚市場などを迅速に整備。校舎一体型の小中一貫校や役場庁舎の建設も見通しが立った。
 民間と協力し、アイデアを出し合いながらの復興事業。その手法、スピード感で「女川町は復興のトップランナー」とも称される。
 「ここで立ち止まったら落ちていく。今後も町が一体となって前進するには、『熱』を持ち続けなければならない」。熱さと若さが町民には魅力と映る。
 曽祖父の代から続く政治家の家系。1999年に町長の父・善二郎氏が任期途中で急逝し、当時県議だった安住宣孝前町長の転身に伴う県議補選で、27歳の若さで初当選。3期目には自民党県連幹事長を務めた。一部の支援者から「いずれは国政か」と期待の声も上がる中で、未曽有の大震災が古里を襲った。
 町議会の木村公雄議長(80)は「人柄や人脈、先見性、行動力が強み。互いの立場を尊重し健全な議論ができる」と評価する。
 須田氏の座右の銘は「律私奉公」。私心を捨てて公に尽くす「滅私奉公」をもじった造語だ。「政治家は自我を捨ててはならない」と考えるからだ。

<出島架橋に道筋>
 その姿勢と県議時代の人脈は、長年にわたる町民の宿願、出島架橋の事業化にも生かされた。
 人口減少と高齢化が進む島は、震災を機にその課題が顕在化した。須田氏は「ここで(事業を)動かさなければ一生解決しない」と町が整備する方針を決定。整備費に国の交付金を充て、架橋本体工事を県に委託する形で22年度の開通へ道筋を付けた。町幹部は「町長自ら国や県に働き掛け、町の本気度を示したことが奏功した」と振り返る。
 復興事業で評価が高い須田氏だが、後援会関係者は「何でも自分でやってしまうところがある」と危惧する。町職員への対応が課題との声もある。「役場を会社に例えれば、町長は社長。外部との交渉は上手だが、組織をまとめる手腕はまだまだだ」
 15〜16年には酒気帯び運転など職員の不祥事が相次いだ。木村議長は「職員の自覚を喚起する強いメッセージを町長自ら発信してほしい」と注文する。
 町は、震災後運転をやめている東北電力女川原発を抱える。2号機の再稼働行程が延期になったが、近い将来、須田氏は再稼働への判断を問われる。新しいまちが姿を見せてきた復興と原発。町民の期待や不安にどう応えるのか、さらなるかじ取りが求められる。
(石巻総局・関根梢)


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2017年02月12日日曜日


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