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<東北の本棚>一節は「日取り」と主張

続・宮沢賢治のヒドリ/和田文雄 著

 宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の一節を巡って1989年に起こった「ヒドリ(日取り)」か「ヒデリ(日照り)」かの論争。賢治作品を愛し独自に研究を続ける著者は当時の時代背景や文化人らの見解、資料をあらためて考察し「ヒドリ」ではなかったかと主張する。
 賢治が亡くなる2年前の1931年、手帳につづった「雨ニモマケズ」には「ヒドリノトキハナミダヲナガシ」と記されていた。手帳は34年に発見されたが、「ヒデリ」と表記する刊行物や碑が広まっていく。
 「ヒデリのなまり」や「賢治のミスによる誤記」とする説に対し、著者は農民詩人賢治の精神にのっとり手帳の原文を直視し、農民の宿命の悲しみを感じ取るべきだ、とする。
 昭和初期は経済恐慌、干ばつ・冷害で農村は疲弊していた。賢治自身、花巻農学校(現花巻農高)を退職し、私塾の羅須地人協会を発足させるが定収がなく困窮した。そのような時代考証を踏まえ、命がかかるヒドリの収入を得られることを喜びとしようと賢治は語り掛けた、と解釈する。
 「宮沢賢治のヒドリ」(2008年)の続編。著者は1928年、東京都八王子市生まれ。元農林水産省職員で統計や食品流通などを担当した。他の著書に詩集「恋歌」「女神」など。
 コールサック社03(5944)3258=2160円。


2017年02月12日日曜日


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