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<亀岡八幡宮の石鳥居>空襲や震災にも動ぜず

石鳥居の周辺は宅地開発が進み、集合住宅も並ぶ

 2017年の干支(えと)は酉(とり)。16年の流行語「神(かみ)ってる」をもじり、「酉ってる」と思えるものが仙台圏にも結構ありそうだ。鳥の目になって探してみた。

◎仙台 酉ってる

 亀岡八幡宮(仙台市青葉区)の本殿や楼門を失った72年前も、酉年だった。
 1945(昭和20)年7月10日未明の仙台空襲。川内地区に司令部を置いた陸軍第二師団が米軍の攻撃対象となり、隣接する亀岡八幡宮も被害を免れなかった。
 ご神体は避難させて無事だったが、江戸期に建造された本殿が焼失。石鳥居と石段だけが姿をとどめた。
 石鳥居はともに青葉区の東照宮、大崎八幡宮と合わせ「仙台三石鳥居」と呼ばれる。東日本大震災でも鳥居上部の笠木が前後に約8センチずれただけで動じなかった。郡山宗克宮司は「空襲にも震災にも耐えたのは、石工の技術が高い証拠」と話す。
 亀岡八幡宮は酉年だった1189年、伊達家初代の伊達朝宗(ともむね)が鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)から勧請し、伊達市保原町に造営したのが始まり。以来、伊達家の氏神とされ、4代藩主綱村が現在地に移した。
 17年は仙台藩祖政宗の生誕450年に当たる。郡山宮司は「政宗さんは朝宗さんから数えて17代目。政宗さん以前の歴史にも目を向けてほしい」と言う。
 公務員宿舎や東北大が近く、三が日は公務員や学生の姿が目立つ。訪れる人が武士や兵士から様変わりしても、石鳥居は変わらず人々を迎え入れる。

<亀岡八幡宮の石鳥居>1683年に本殿とともに建造された。宮城県石巻市で切り出された稲井(井内)石製で高さ約6メートル、門の幅は約5.5メートル。青銅製の額の表面に亀岡八幡宮と刻まれている。1970年、宮城県有形文化財に指定された。本殿は66年に宮城刑務所(旧若林城)の社を移築し再建された。


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2017年01月25日水曜日


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