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<復興庁5年>新たな発想なお必要

歴代復興相のコラージュ。(左上から時計回りに就任順で)平野達男、根本匠、竹下亘、高木、今村雅弘の5氏。

 東日本大震災からの復旧復興を担う組織として2012年発足した復興庁は、10日で丸5年を迎えた。被災地は省庁縦割りの打破と、再生へのけん引役を期待した。「司令塔」としての機能は発揮できたのか。復興の完遂に今後果たすべき役割は何か。被災自治体と中央政官界の声から現状の評価と課題を探った。

◎司令塔 評価と課題(中)変質

 「自由主義経済の日本の哲学を変え、新たな災害復興の形を創った」
 復興庁の岡本全勝前事務次官は2016年6月21日、退任の記者会見で強調した。
 従来の概念を覆し、産業やコミュニティー再生にも国費を投入した東日本大震災からの復興。発生直後から政府の事務方を仕切り、先導したのが岡本氏だ。「霞が関の治外法権」と庁内外で呼ばれた。

◆限界指摘
 現場嫌いと前例踏襲。官僚の習癖が非常事態の障壁になると感じた岡本氏は、被災地に職員の視察派遣を何度も繰り返した。
 「仮設住宅の前では、きれい事だけでは通じない。何らかの答えを出さざるを得ないはずだ」。狙いは当たり、グループ化補助金など前例のない施策が省庁から提案される。岡本氏は首相や与党幹部と掛け合い、実現の道筋をつけた。
 兵庫県職員として阪神大震災の復興を担った経験を買われ、復興副大臣を務めた谷公一衆院議員(兵庫5区)。かつて「個人の事業に税金を使えるわけがない」と門前払いされた谷氏にとって、今回の復興政策は隔世の感があった。
 復興庁の取り組みを評価する一方で、限界も指摘する。「道路や港湾整備の予算は復興特別会計だが、事業自体は国交省の直轄になる。復興庁が事業全体を十分にコントロールできたかどうかは課題が残る」
 発足から5年。岩手県釜石市の野田武則市長は「震災直後の生々しい記憶や復興に携わる意識が薄れたように感じる。事務的になった」と話す。組織の変質を指摘する声は国会でも上がった。
 玄葉光一郎衆院議員(福島3区)は16年3月、東京電力福島第1原発事故で被災した自治体への補助金を復興庁に問い合わせた。担当者からは「うちの交付金ではない。経済産業省に聞いてほしい」と断られた。
 「以前は司令塔役を果たした復興庁が、いつから下請けになったのか」。玄葉氏は直後の衆院復興特別委員会で、姿勢をただした。

◆資質問う
 当時の高木毅復興相は「ワンストップ機能は十分でないと聞いた」と神妙に答えたが、その頃は自身が復興の「重荷」になっていた。15年10月の就任直後、下着窃盗疑惑や慶弔費支出問題が発覚。復興特別委の審議は追及に割かれた。
 16年8月就任の務台俊介復興政務官も、台風10号豪雨で被災した岩手県を視察した際、職員におんぶさせて水たまりを渡る姿が批判を浴び、資質を問われた。官邸関係者は「内閣改造を繰り返すにつれ、政務三役を適任者でそろえることが難しくなった」と打ち明ける。
 谷氏と、新潟県中越地震で全村避難した旧山古志村(現長岡市)の元村長で、谷氏の後任の副大臣を約2年間務めた長島忠美衆院議員(新潟5区)は、同じ思いを復興庁に訴えた。
 「復興にめどが付いたと考えてはいけない。被災地では、まだ新たな発想と施策が必要とされている」


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2017年02月11日土曜日


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