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<面前DVと児童虐待>姓変更 自分を生きる

DVに関する相談先が掲載されたちらし。公共施設で手にして相談機関につながる人は少なくない

 親が子どもの前で配偶者に暴力を振るう「面前ドメスティックバイオレンス(DV)」。心理的虐待として認知されるようになり、2016年上半期に警察が児童相談所へ通告した子どもの数は1万1627人と前年同期より6割増えた。愛され、守られるべき家庭の中でDVにさらされた子どもは心に深い傷を負い、加害者から逃れた後も苦しみ続ける。被害から回復し、新たな人生を歩み出すには、どんな支援が必要か。当事者の声を基に考える。(生活文化部・足立裕子)

◎回復の道を考える(2)決別

 「お父さんはうそつきだ。二度と暴力を振るわないと約束しても、結局、お母さんや自分を殴る。家を出て暮らした方がいい」
 知人の協力を得て、小学生だった聡子さん=仮名、20代=と母は暴力が支配する家から逃げ出した。手狭なアパートに布団を並べた晩、「これでゆっくり寝られるね」とうれしさをかみしめた。
 だが、穏やかな生活を手にした後も聡子さんは心に受けた傷にさいなまれた。夜、近所に車が止まる音を聞いただけで「お父さんが連れ戻しに来たのではないか」とおびえ、悪夢にうなされた。

<友達には内緒>
 転校先の学校でも、対人関係で生きづらさを抱えた。友達から意に添わないことを頼まれても「いや」と言えない。「怒られるんじゃないか」と恐怖心が働き、先生にも必要のない場面で謝ってばかりいた。
 父に所在が知られるのを恐れ、家庭の事情は友達に内緒にした。家の話題になると、父がいるふりをせざるを得ない。うそをつくのがつらくて気持ちがふさいだ。「何でうちは普通の家じゃないんだろう…」。それでも母を困らせたくなくて、本音を口にしたことはなかった。
 「こんな変な家はうちぐらいだ」。中学生になるとひがみや疎外感が募り「いなくなりたい」と思い詰める時もあった。そのころ、自分のような母子家庭の子と仲良くなった。家の悩みを打ち明けてくれたその子には、自分の境遇について自然体で話すことができた。心を許し、悩みを共有し合える友を得て「世界が広がった。つらかった体験も無駄じゃなかった」と思えるようになった。
 同じころ、母から「父も自分の親に殴られて育った被害者だった」と聞かされた。暴力が当たり前という環境しか知らず、負の連鎖が生まれた。「父もかわいそうだった」。そう思う半面、自分勝手に家を引っかき回して家族を傷つけた自覚がないことが許せない。「自分は絶対、父のようにならない」と誓った。
 就職を機に、聡子さんは姓を変えた。父の姓を捨てることが意思表示。「もう私のお父さんではない」。やっと決別できたと気が楽になった。

<「逃げ道ある」>
 父の血を受け継いでいることが嫌でたまらない。自分も誰かを傷つけてしまうのではないか。そんな不安から「子どもは産みたくない」と思う気持ちがある。答えは出ないが、将来、結婚しても女性だから、母だからと性や役割にとらわれることなく「自分」を生きていきたい。父のことは気にせず、幸せになればいいと思っている。
 DVの渦中にある子どもは、周りに味方が誰もいないと思っている。「必ず逃げ道はある。SOSを出していいんだよ」。かつての自分と同じ子どもたちに、聡子さんはこう呼び掛ける。


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2017年02月01日水曜日


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