岩手のニュース

<回顧3.11証言>逃げた中庭 情報の死角

寝たきりの入所者が多かった特別養護老人ホーム「さんりくの園」を大津波が襲った=2011年5月14日、岩手県大船渡市三陸町

 東日本大震災で、岩手県大船渡市三陸町の特別養護老人ホーム「さんりくの園」は入所者67人のうち50人以上が津波にのまれた。地震当日、生存が確認されたのは16人。施設が現在把握している死者・行方不明者は、震災後に亡くなった人も含め54人に上る。入所者は要介護度4以上で、平均年齢は88歳。関係者の証言によると、津波の襲来に気付いた職員が必死に車いすを押したが、濁流は避難を待ってくれなかった。(宮崎伸一、坂井直人)

◎大船渡・特養ホームの惨劇(上)

<寒さ>
 3月11日午後、さんりくの園では18人の職員が勤務していたとみられている。施設は一部2階で、西側が開いた「コ」の字形。入所者は部屋で昼寝したり、風呂に入ったりして過ごしていた。
 午後2時46分、激震が襲った。
 「急いで建物から離れないと」。職員の誰もが思った。入所者は寝たきりが多く、歩ける人も介助が必要。広さ約600平方メートルの中庭に面したガラス戸が次々と開放されていく。入所者は車いすや移動式ベッドに乗せられ、全員、中庭に避難した。
 「おっかねえおっかねえ」「寒い寒い」。気温4度、外は雪が降りそうなほど冷え込んでいた。布団をぐるぐる身にまとった入所者たちは白い息を吐きながら、緊張した表情を見せていた。

<叫び>
 さんりくの園は、越喜来(おきらい)地区中心部北側にある。海からは約1キロ。職員によると、市役所三陸支所からの防災無線は聞こえなかったという。中庭にはラジオもなく、情報が全く入っていなかった。
 酸素吸入が必要な高齢者のため、予備の酸素ボンベを運んだ看護主任の地舘広美さん(41)は、壁から落ちそうな時計を見た。針は午後3時10分ごろを指していた。
 課長補佐の柏崎きよ子さん(52)は中庭で高齢者に寄り添っていた。車を手配して、別の場所に移る予定だった。職員の一部は100メートル先の公民館に避難したデイサービス利用者らの支援で行ったり来たりしていた。
 「津波が来るぞ!」。 突然、叫び声が響き渡った。

<悔い>
 「(西側だけが開いた)中庭から津波は見えなかった。考える暇はなく、『一人でも』と、とっさに車いすに手を伸ばした」と、柏崎さんは振り返る。
 職員はそれぞれ目の前の車いすを握り、中庭を抜けた。南を見ると、がれきと車を巻き込んだ黒い波が押し寄せて来る。施設の西側の高台に通じる坂道を一目散に駆け上がった。
 「津波が来るのが早くて、間に合わなかった。もう少し何かできなかったのか」。柏崎さんは悔やむ。
 午後3時26分、大津波が施設を襲った。中庭にはまだ、多くの入所者が取り残されていた。=2011年5月23日河北新報
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 2011年3月11日の東日本大震災発生以来、河北新報社は、被災地東北の新聞社として多くの記事を伝えてきた。
 とりわけ震災が起きた年は、記者は混乱が続く中で情報をかき集め、災害の実相を明らかにするとともに、被害や避難対応などの検証を重ねた。
 中には、全容把握が難しかったり、対応の是非を考えあぐねたりしたテーマにもぶつかった。
 6年の節目に際し、被災者の「証言」を集めた一連の記事をあえて当時のままの形でまとめた。記事を読み返し、あの日に思いを致すことは、復興の歩みを促し、いまとこれからを生きる大きな助けとなるだろう。


2017年02月14日火曜日


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