岩手のニュース

<被災地スポーツの力>競技退き支援に全力

復興スキー教室に参加した岩泉町の親子らと記念撮影する畑中さん(右から2人目、畑中さん提供)

 ゲレンデに笑顔が広がった。1月28、29日、安比高原(岩手県八幡平市)で開かれた復興スキー教室。昨年8月の台風10号豪雨で被災した岩手県岩泉町の親子約50人がクロスカントリーやアルペンで滑りを楽しんだ。

<NPOを設立>
 「初めてリフトに乗ったり、滑降ができたりして目を輝かせる子どもたちの姿を見ると、本当にうれしい」。主催した塩釜市のNPO法人「High−Five」の理事長、畑中みゆきさん(41)は笑顔で話す。フリースタイルスキーモーグルの元日本代表。世界の第一線で競技に打ち込んだ頃とは別の形でスキーに向き合う。
 畑中さんは、ダイナミックなエアを武器に2002年ソルトレークシティー、06年トリノの両五輪に出場した。その後、スキーハーフパイプに転向。国際大会を日本人で初めて制し、09年のワールドカップで日本人初の2位、世界選手権でも10位と活躍した。東日本大震災後、古里に戻って法人を設立し復興支援活動に取り組む。
 震災当時は14年ソチ五輪を目指していたが、津波で叔父を失い、人生観が変わった。叔父が生前、浦戸諸島(塩釜市)産ののりを送ってくれた縁を感じ、同諸島を拠点に、観光による復興を目指してイベントの開催や菜の花を植える取り組みを続ける。「被災地の子どもたちに『東北に生まれて良かった』と思ってほしい」と復興スキー教室も各地で定期的に開く。
 それは、現役生活にピリオドを打つ選択でもあった。「五輪のメダルを目指していたので、葛藤はあった」と振り返る。それでも、定年退職直前で逝った叔父の無念を思ううちに「生きている私が本当にやりたいことをやらなければいけない」と迷いを断ち切った。「20年近く競技に携わり、違う人生も経験する時期だと感じた」と語る。

<諦めぬ心 大事>
 引退後は多忙を極める。支援活動に加え、スキーのコーチや解説などで飛び回る。昨年4月からは鍼灸(しんきゅう)師の資格取得を目指し、仙台市内の専門学校にも通う。「高齢化が進む島(浦戸諸島)住民の健康維持に貢献したい」との思いからだ。
 復興支援の取り組みは競技生活と似ているという。「どちらも目標を設定して努力を重ねるのは同じ。結果的にうまくいかない時もあるが、そのプロセスで必死に諦めない気持ちが大事だと思う。私は2度の五輪でそれを学んだ」
 今後も古里で再生の過程を見つめ続けたいという。「自分の選択は間違っていなかった。今は胸を張ってそう言える」。エアで世界の頂点に挑み続けた強い気持ちを、次は復興に生かしていく。(原口靖志)


関連ページ: 岩手 スポーツ

2017年02月14日火曜日


先頭に戻る