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<タリウム事件>親友の首 思いっきり絞めた

名古屋大の元女子学生の初公判で、傍聴券抽選のため名古屋地裁前に並ぶ人たち=2017年1月16日

 名古屋市で知人の高齢女性を殺害し、仙台市で同級生2人に劇物の硫酸タリウムを飲ませたとして、殺人や殺人未遂などの罪に問われた元名古屋大女子学生(21)=仙台市出身、事件当時未成年=の裁判員裁判第14回公判が17日、名古屋地裁で開かれた。元名大生は被告人質問で、2012年の劇物混入事件や14年に女性を殺害したとされる事件までの経緯を詳述した。要旨は次の通り。

 【小学時代】
 小1〜2の時、文房具を万引し、母親に見つかった。なぜ怒られるのか、いまいちぴんとこなかった。3〜4年ごろ、人の死をとても怖く感じた。身近な人が亡くなったわけではなく、理由は分からない。死への恐怖は小5に上がるまで続いた。
 小5で担任の給食に理科の実験で使ったホウ酸を入れようとした。一緒に集めた友達が紛失し、代わりにホチキスの針約10本と消しゴムのかすを入れた。先生に気付かれたが、故意とは思わなかったようだ。
 インターネットの掲示板で猫がナイフを投げて他の猫を殺すイラストを見つけ、刃物に興味を持った。アニメをきっかけにギロチンなど処刑道具にも興味を持ち、毎日のように絵を描いていた。

 【中学時代】
 父親の話で毒キノコに興味を持ち、中1の自由研究で調べた。1本でも人が死ぬことにすごく魅力を感じ、人に食べさせたいと思った。
 中3に上がる頃、(1996年に)多くの犠牲者を出した北海道・積丹半島の豊浜トンネル岩盤崩落事故の話を母親から聞き、私は「他に人が死ぬ話はないか」と尋ねた。母は神戸市の児童連続殺傷事件や大阪教育大付属池田小の殺傷事件の話をしてくれた。人を殺すという手段があることを知った。
 映画「バトルロワイアル」を見た後、鎌やカッターナイフを買って自室に保管した。手元にあるとワクワクし、満足できる。人に使ってみたい気持ちもあった。具体的に誰にというわけではない。凶器を持つことで安心し、殺人欲求を抑えていた。

 【劇物混入事件が発生した高校時代】
 高校は第1志望ではなかったが、入学後、引きずったことはない。高1では陸上部で短距離を走っていた。友達と一緒に居られることが楽しかった。
 妹とは仲が良かったが、高校入学後、暴力を振るったことがある。顔を平手打ちしたり、首を絞めたりした。ナイフを突き付けたこともある。人を殺したいという気持ちがあり、殺意はあった。自分でも行動を制御できなかった。傷は付けておらず、理由は分からない。
 オウム真理教や少年犯罪について調べた。特に2000年に起きた愛知県豊川市の主婦殺害事件や西鉄高速バスジャック事件で加害少年の「人を殺してみたかった」との動機にひかれた。殺人欲求は同級生や妹に話していた。学級日誌に犯罪者の誕生日を書いた。仙台市の筋弛緩(しかん)剤点滴事件の受刑者や、オウム真理教の元教団幹部は薬品や化学兵器を使っており、お気に入りだった。
 高2の春、毒物事件や薬品の購入にはまった。薬品購入はこの時が初めて。コレクション感覚と、実際に人に投与したいという気持ちが半々だった。薬品を集めるとドキドキワクワクし、気分が高揚した。自分が万能の化学者になった気分だった。
 最も人に飲ませたいと思ったのは硫酸タリウムと亜硝酸ナトリウム。12年5月21日ごろ父親に亜硝酸ナトリウムを見つけられた。小瓶入りの硫酸タリウムは持ち歩いていたので、見つからなかった。入手しにくく、没収されるのは嫌だった。
 鎮痛剤や酔い止めを20〜40錠ずつ、3回大量服薬した。人体の反応を試そうと思い、登校前に飲んだ。学校で気持ち悪くなった。同5月中旬、硫酸銅を同級生15人になめさせようとした。実際になめたのは7〜8人。反応を見たかった。硫酸タリウムも見せた。
 同5月27、28の両日、同級生ら2人に硫酸タリウムを投与した。毎日、ノートに箇条書きで症状を記録した。2人のことは「2個体」と書いた。実験動物の感覚だった。投与の3日ほど前から1週間は眠れなかった。同6月に気分が沈んだが、翌7月に元気が戻り、(被害男性に2度目の投与をした)同月中旬ごろ、また眠れない日が続いた。
 同6月ごろ、妹に小分けにした硫酸タリウムを持たせた。万が一、誰かにタリウムを没収されても、妹が持っていれば手元に残る。「隠して」と指示した。「同級生に飲ませてみたら」と言ったのは冗談だったと思う。タリウムは投与後、卒業まで高校のロッカーに隠していた。
 同6月下旬〜7月上旬、ネットで水銀を購入した。水銀中毒を見たかった。父親に水銀の所持を追及されたが、「知らない」と隠し通し、代わりに酢酸鉛を渡した。
 高3の冬、教室で親友の女性の首をマフラーで思いっきり絞めた。人を殺したいと考えていたと思う。「苦しくなったら止めて」と事前に伝え、女性が手を上げたので止めた。
 大学入学前の春休み、硫酸タリウムや塩化バリウムなどを購入した。高校1〜2年時に買ったおのやナイフなどの凶器と一緒に名古屋市内の新居に持っていった。

 【大学入学〜殺人容疑での逮捕まで】
 大学入学後、同じ学部やサークルの友達ができた。友達や部活の先輩に硫酸タリウムを見せた。自分と同じように、他人も薬品や殺人に興味があるのではないかと思った。14年春ごろ、人に毒を飲ませたいと思い、友人に「また毒を飲ませたい衝動が出てきた。無差別なんだな」とメールした。
 同年夏、インターネット上でアスペルガー症候群の診断テストをしたら100点満点中69点だった。平均は30点台。母に伝えると、仙台の発達障害者の支援センターに連れて行かれた。
 同11月9日、友人に「今のところ、殺人未遂は何回かあるけど、殺人はないんだよな」とメールした。殺人未遂はタリウムを飲ませた2人のことだ。「未成年のうちに絶対殺(や)ってやる」とも送った。「人を殺したい」との理由で殺すのは少年のうちしかできないという固定観念があった。この辺りは自分でもうまく説明できない。少年犯罪で刑が軽くなることはなんとなく分かっていたが、そのために19歳で殺人をしたわけではない。
 1カ月後の12月7日、女性を殺害し「少年法は偉い、少年法マンセー(万歳)」とする他人のコメントをツイッターで再投稿した。西鉄高速バスジャック事件の加害少年が残したコメントだが、この少年が(刑罰を受けずに)医療少年院に収容されたことは知らなかった。ネットで少年事件について調べる際、加害者の処分には興味がなかった。殺人によってテンションが上がり、目に入ったツイートをどんどん再投稿しただけだ。
 高校以降、幻聴があった。耳を通さずに頭の中に直接声が入ってきたり、雑音が人の声に聞こえたりした。声は聞き取れず、ストレスを感じた。高2の5〜7月や大学1年の9、12月など、過去に約10回あった。逮捕後に精神系の投薬治療を始め、幻聴は治まった。

 【現在まで】
 15年1月の逮捕後、日記を始め、気分や夢の内容を詳しく書いた。16年3月末ごろ「拘置所職員や弁護人を殺したい」と書いた。殺人欲求が頭を占めてどうしようもなくなり、殴り書きで発散させている感じだった。もし母親が突然、殺されても「そうなのか」で終わってしまう気がする。
 押収されたタリウムなどの薬品類はとても大切な物だが、人を傷つけない自分に変わる第一歩として手放すことを決めた。現時点では適切に扱える自信がないという理由もある。
 人を殺したいと思う頻度は減ってきたが、なくなってはいない。殺す対象は無制限で、母親や妹を殺したいと思ったこともある。実行しなかった理由は分からない。父親は憎く、いなくなってほしいと思うが、殺したいと思ったことはない。頭の中に思い浮かべるのも嫌だからだ。ピアノ練習や勉強で縛られ続け、薬品も没収された。逮捕後、父の面会は拒否している。
 名古屋の女性殺害を後悔しているかと聞かれても分からない。後悔が全くないわけではないが、殺さずに大学生活を送れたかと言われるとそうでもない。


関連ページ: 宮城 社会

2017年02月19日日曜日


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