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<東北の本棚>成り立ち継承課程追う

◎仙台城下の商人(あきんど)群像/伊勢民夫 著

 仙台城下の商人町形成の歴史をたどりながら、その気質、明治への継承過程を見る。
 藩祖伊達政宗に付き従い商人も米沢、岩出山、仙台へと移動した。城の大手口から東に広がるように大町、肴町、南町、立町、柳町、荒町がある。これを「御譜代町六町」と呼んだ。絹布、木綿、小間物、魚類、青果、穀物、茶、荒物など、六町に限って取引が許された。
 他の町の商人がこれを販売する時は、専売権を持つ町に役銭(雑税)を支払わなければならい。ほかに、主要な商人町には独自に市を開くなどの特権が認められた。
 これらの町は街道沿いにありにぎわった。仙台商人の「売ってやる」の姿勢はとかくいい印象を持たれないが、藩制期以来の特権意識が多分に影響を与えたとも言えるだろう。
 政宗が若林城に隠居、周辺の河原町を中心に町が東南に拡大した。藩の財政危機に伴い度々、御用金を命ぜられ苦悩したこと、戊辰戦争の際は各藩の亡命者に商人たちが備蓄した米を救援に充てたことなどが述べられている。
 著者は1935年仙台市生まれ。仙台商工会議所理事、仙台郷土研究会副会長を務めた。原稿執筆中の2015年死去、市博物館スタッフが遺稿をまとめた。
 大崎八幡宮022(234)3606=648円。


2017年02月19日日曜日


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