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<ハンセン病訴訟>非入所者和解「苦しみ同じ」

 ハンセン病患者のうち療養所に入らず亡くなった「非入所者」3人の遺族4人が、病気への偏見を助長した国への損害賠償請求権を引き継いでいるとして起こした訴訟は、国が発症時期に応じ4人に350万〜500万円を支払うとの和解が東京地裁(佐久間健吉裁判長)で成立した。遺族側の弁護士が20日、明らかにした。

 秋田県出身の原告男性(71)は和解を受け、「ホッとした。国は入所者と非入所者の遺族を分けたが、苦しみは同じだ」と厳しい口調で語った。
 男性の父(1998年死去)はハンセン病を患い、重い後遺症もあった。男性の記憶では、幼少期から保健所職員らが毎年、秋田県内の自宅を訪れ、父に青森市の国立ハンセン病療養所・松丘保養園に入所するよう求めた。父は拒み続けたが、近隣住民は父の病気を察していたという。
 農家だった一家は地域で孤立し、農繁期の手伝いもなかった。男性が友達の家に遊びに行くと、親に「帰れ」と怒鳴られた。
 1972年、父が自宅で殺鼠(さっそ)剤を飲んで自殺を図った。男性の縁談が何度も断られ、「俺のせいだ」と悲観したためという。
 「父さんのせいじゃない。絶対に幸せになってやる」と誓った。30代で結婚。地元の文化財保護など社会貢献にも力を入れた。
 入所しない理由を尋ねるたび、「俺は病気じゃない」と答えた父。男性は「自分が家族と離れ、出稼ぎをしたら父の思いが分かった。家族と一緒にいる幸せを大切にしたんだ」と話す。
 国の強制隔離政策で元患者家族も差別や偏見を受けたとして、国に謝罪と損害賠償を求め、熊本地裁で係争中の集団訴訟にも男性は参加している。「つらかった思いが忘れられない。泣き寝入りはしたくない」。古里を離れ、福島県で暮らす今も差別の記憶は心に深く刻まれている。
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 国と患者団体は2002年、入所者だけでなく、非入所者にも和解一時金を支払うと合意したが、3人は1997〜99年に死亡していた。非入所者の遺族と国が和解するのは全国で初めて。


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2017年02月21日火曜日


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