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<回顧3.11証言>がれき金属狙う集団

撤去委託を受けた業者ががれきの中から集めた金属。2011年4月中旬から5月下旬にかけ、持ち去られるケースがあった=仙台市沿岸部

 東日本大震災の津波で、宮城県沿岸部の工場や倉庫から鉄や銅などが入った製品、資材が大量に流された。水が引いた後には、高値で売れる金属が所有者不明の「漂流物」として散乱。復旧への第一歩となるがれき撤去作業の傍らで、金属だけを狙う不審な人々がうごめいていた。

◎被災地荒らし横行(上)

<無視>
 5月上旬、仙台港周辺の津波被災地。仙台市の建設業者の男性(41)が午前8時前に現場に到着すると、すでにがれきの中で重機を動かし、鉄くずを集める集団がいた。
 男性は市からがれき撤去の委託を受けている。一方、重機やトラックには委託業者を示す車両証が張られていない。大量の鉄くずがトラックに山積みされており、人けの少ない早朝から作業をしていた様子だ。
 不審に思った男性は厳しい口調で問いただした。「市から許可を得ているのか」。リーダーらしき男が答えた。「地権者から鉄くずだけを回収するよう頼まれている」
 建設業者の男性が「地権者の連絡先、名前を教えてくれ」と詰め寄っても男は無視。集団はトラックに乗り込み、急いで去った。
 男は「地権者」と言ったが、鉄くずがその土地にあった物なのか、津波で別の場所から流されてきた物なのか、分かるはずもない。鉄くずに所有者が分かる印などない。
 「誰の物か分からない鉄くずを違法に集めて売り、換金する集団に違いなかった。われわれが復興に向け、懸命にがれき撤去に励んでいる裏で、許されない行為だ」。男性は今でも憤っている。

<不審>
 複数の業者によると、がれきから金属だけを集める不審な集団は、4月中旬ごろから多く見られたという。ガソリンなどの燃料供給が回復し、緊急車両以外でも容易に入手できるようになった時期と重なる。
 6月以降、不審な集団はかなり少なくなったが、姿を消したわけではないようだ。
 男性は「6月下旬、集めた30トンほどの鉄くずを現場に置いておいた。もう不審な集団が少なくなったから大丈夫だろうと思っていたが、翌朝、鉄くずはなくなっていた」と話す。
 4月中旬から5月上旬にかけての夕方。がれき撤去の許可を得た仙台市の建設会社の社員男性は、作業を終えて帰る途中、反対に被災地に向かうトラックや重機とほぼ毎日擦れ違った。委託業者を示す車両証は張っていなかった。
 翌朝、現場に来ると、集めたタイヤからアルミホイールが抜き取られていたり、がれきの中から銅が入った送電線だけがなくなったりしていた。
 男性は不審な車両のナンバーを覚えていて、こう証言する。
 「関東ナンバーも見たが、一番多かったのは地元ナンバーだった」

<高値>
 鉄などの金属は2000年代半ば、北京五輪を控えた中国や新興国での建設資材需要が増したため、高騰。ほぼ同時期から、日本各地で金属を狙った窃盗事件が多発するようになった。
 仙台市の金属買い取り業者によると、鉄は1キロ当たり10円前後で取引されている。ここ数年は値下がり気味で、震災後さらに値崩れした。一方、銅は600円前後、アルミは100円前後と高値で推移している。種類によるが、トラック1台で10トン以上積んだとすると十万円から数百万円にも上る計算になる。=2011年7月8日掲載
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 2011年3月11日の東日本大震災発生以来、河北新報社は、被災地東北の新聞社として多くの記事を伝えてきた。
 とりわけ震災が起きた年は、記者は混乱が続く中で情報をかき集め、災害の実相を明らかにするとともに、被害や避難対応などの検証を重ねた。
 中には、全容把握が難しかったり、対応の是非を考えあぐねたりしたテーマにもぶつかった。
 6年の節目に際し、被災者の「証言」を集めた一連の記事をあえて当時のままの形でまとめた。記事を読み返し、あの日に思いを致すことは、復興の歩みを促し、いまとこれからを生きる大きな助けとなるだろう。


2017年02月22日水曜日


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