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<山村留学で育つ>眠る宝見直し誇りに

ころ柿を作るため、実を収穫する児童たち=昨年11月、丸森町耕野

 中山間地のへき地校、丸森町耕野小(児童14人)が山村留学の受け入れで変わろうとしている。現在、留学生は3人。都会から来た子は自然に親しみ、地元の子も刺激を受け、互いに成長する。過疎化と東京電力福島第1原発事故の影響で児童数が減る中、「学校の活性化を」と始めた取り組みを地域も支援する。

◎宮城・丸森 耕野小の歩み(3)地域と共に

 「甘い耕野の干し柿いかがですか」
 仙台市青葉区のクリスロード商店街に7日、丸森町耕野小の全児童14人の声が響いた。自分で実をもぎ、皮むきした特産の干し柿「ころ柿」約750個は完売。ころ柿入りのチーズケーキも試食してもらった。
 山村留学で埼玉県から転入した6年松永凜佳(りんか)さん(12)にとって、ころ柿作りは楽しみの一つだった。松永さんは「みんなで協力して作り、ころ柿の良さを多くの人に伝えられて良かった」と笑顔を見せた。
 祖父(72)がころ柿生産農家の5年高橋一英君(11)は「改めて仕事の大変さが分かった。調べ学習で耕野のころ柿は江戸時代から作られていると知り、すごいと思った」と胸を張る。
 柿の収穫に協力した農家佐藤静男さん(60)は「山村留学で都会の子にも知ってもらえる機会が増えた。農業に興味を持ってくれるとうれしい」と歓迎する。

 ころ柿作りの総合学習は3年目。学校が力を入れるには理由がある。
 耕野地区は特産のタケノコが2013年まで出荷制限されるなど、福島県境に接し東京電力福島第1原発事故の影響を受けた。ころ柿は制限を受けなかったが、風評はまだ残る。地域の宝を見直し、児童に誇りを持ってもらうのが、ころ柿作り学習の狙いだ。
 山村留学も原発事故がきっかけだった。耕野は移住者が多く、子どもが増えていたが、原発事故で子育て世代の自主避難が相次いだ。原発事故前の10年度16人だった児童数は、14年度に9人まで減った。

 15年度から山村留学を始めた学校に、地域は支援の手を差し伸べた。留学受け入れ先の学校を紹介するNPO法人「全国山村留学協会」(東京)への年間加盟費5万円を、自治組織の耕野振興会が住民に寄付を募って捻出。16年度は振興会の予算に組み込んだ。
 原発事故後、町は独自に18歳以下を対象にした健康調査を実施。町内では今も消費者に配慮し、生産物の放射性物質濃度を自主的に測定してから直売所に出すといった風評被害を防ぐ努力が続く。
 振興会の宍戸睦雄会長(73)は松永さんの留学に当たり、こうした地域の現状を家族に説明した。松永さんの母満佐子さん(44)は「大きな不安はなかった。本人が希望したことをやり遂げることが大切だと留学を認めた」と振り返る。
 宍戸会長は願う。「山村留学が始まり、風評対策に追われていた地域に明るい話題ができた。学校は地域の元気の源。地域に存続してほしい」


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2017年02月23日木曜日


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