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<パソナ>通い続け届いた熱意

荒木さん(左)に支えられ、陸前高田市の人々と信頼関係を築いた加藤さん。心の交流が支援事業を成功に導いた=21日、東京・大手町のパソナ本社

 震災後の被災地には、CSR(企業の社会的責任)活動を巡る幾多の「壁」があった。被災者の心、社内の意思疎通、民間と行政の文化の違い。実践までの道のりは無数の葛藤と苦悩の連続だった。(「被災地と企業」取材班)

◎トモノミクス 被災地と企業[19]第4部 壁(1)とかす

 復興とCSR(企業の社会的責任)。企業と被災地をつなぐのは人と人だ。人間関係は時に壁となり、壁を開く鍵にもなる。
 東京から来たスーツ姿の敏腕社員が凍り付いた。
 「君は一体何者なんだ」「本当に、この地域のためにやる気があるのか」
 東日本大震災の発生から1年が近づく2012年2月。陸前高田市のプレハブ仮設事務所の会議室に怒声が響いた。
 人材派遣大手パソナ(東京)の担当リーダー加藤遼さん(33)が事業の提案を終えた後。地元の建設業や水道業の社長らが放った言葉は不信感に満ちていた。
 破談か−。
 パソナは当時、陸前高田市と独自の雇用支援事業の展開を目指していた。同社が求職者を雇い、パソコン操作などの研修を実施。企業で半年、職場実習を積み、両者が望めば企業が直接雇用する。企業はそれまでの間、費用負担がゼロで済む。

 被災地で深刻化する人手不足。同社にとって、全国で実績を積んだ仕組みの導入は、復興支援の形そのものだった。
 そこに助け舟が現れた。
 「この人は一生懸命なんですよ」
 荒木奏子さん(45)。当時、市内で仮設児童図書館の運営に携わっていた。実家は神社で、震災後は避難所になった。NPO関係者らと付き合いが広く、地元に人脈があった。
 よそ者と地場の業者をつなぐ「翻訳者」の存在に、会議室は前向きなムードになっていった。
 加藤さんが会社の使命を帯びて陸前高田に入ったのは11年秋。事業展開に当たり、地元企業の協力は不可欠だった。糸口を探す加藤さんは知人を通じ、荒木さんと知り合う。
 最初はかみ合わない会話から始まった。荒木さんが苦笑して振り返る。
 「東京のビジネスマンのスピードに付いていけなかった。何とか戦略? プライオリティー? 行政用語や横文字をぽんぽん言われ、分からなかった」

 東京と被災地では話し方、言葉の選び方全てが違う。「搾取されるんじゃないか」「だまされるな」。周囲は荒木さんに忠告した。
 被災地には膨大な数の「支援者」が入っていた。露骨な営利目的の企業、傍若無人に映る振る舞い、上から見下ろすような善意。被災者の心の内には「壁」が生まれていた。
 加藤さんは半年間、通い続けた。荒木さんや地元の社長らと何度も語り合い、酒を酌み交わした。熱意は氷の壁を溶かしていく。
 パソナの事業は12年7月にスタートを切る。3年間で約70人が参加し、50人が地元企業に就職する成果を上げた。加藤さんは「人の心や感情はデリケート。心が通い合う事業や付き合いが大事だ」と痛感した。
 学んだのは「心の壁は必ず崩せる」だった。
          ◇         ◇         ◇
 企業の社会的責任(CSR)。21世紀、世界の企業に浸透し始めた概念だ。東日本大震災後、東北の被災地には無数の企業が足を踏み入れ、試行錯誤を重ねた。艱難(かんなん)の地へ、生活の糧を、癒やしを、希望を。企業を突き動かした衝動は何だったのだろう。あれから間もなく6年。CSRを足掛かりに、あの日に返って経済社会を展望する。見えてくる明日を、私たちは「トモノミクス」と呼ぶ。


2017年02月24日金曜日


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