宮城のニュース

<エコラの日々>世代を超えて

絵・木下亜梨沙

 江戸時代に建てられた実家の建て替え話が出て、片付けに頭を悩ませる日々が始まりました。故郷を離れて家庭を持つ私に手伝わせるのを、母も兄も初めはためらっていた様子でしたが、兄が悲鳴を上げました。「片付かない!」。母が言うのです。「捨ててはならぬ。まだ何かに使える。なぜ工夫しない?」と。
 母は昭和1桁生まれ。戦中戦後の厳しい時代を暮らしてきて、さまざまな物を再々々利用し、それでもまだ何かに使えるのではと取り置く、筋金入りのもったいない精神を身に付けています。ましてや嫁ぎ先なので、ご先祖さまの物はむげに捨てられません。
 今では使わなくなったけれどきれいに編み込まれた竹籠、丁寧に作られた木箱や空き缶、古い辞書や名作全集、そして布類はその最たる物です。
 私が子どもだった昭和40年代、母は野良着に穴が開いたら繕い、擦り切れたら当て布をし、繕いようがなくなったら傷んでいない所を継ぎ当て用の布として取り置き、穴だらけの野良着は最後には雑巾にしていたものです。その雑巾もまさに「ぼろ雑巾」になるまで、物の命を全うするよう大切に使っていました。
 母が取り置く物はもう捨ててもよい物も多そうですが、改めて見直すと、なるほど使える物もあるなあと、母の精神の持ちようが誇らしく思えてきます。子どもの頃を思い起こすと、日々の暮らしは不便なことも多く大変だったけれど、一こま一こまを丁寧に暮らしていたように思います。
 今、私ができることはささやかですが節電、節水、3R(リデュース・リユース・リサイクル)です。思えば母と暮らす中で、知らず知らずのうちに母から伝わっていたことでした。
 こうしたことを私自身は子どもたちに言葉で伝えてきただろうかと振り返ると心もとなく、消極的すぎたかと反省していました。ところが最近、関東と北陸から帰省した子どもたちが、自分が暮らす町では資源の分別意識が低いとか、マイバッグを持たない人が多いとか、憤慨した口ぶりで話すのを聞いて、もったいない精神は伝わっていたのだとうれしくなりました。
 これからはもっと伝えていく努力をしようと思います。うるさがらずに受け止め、それを暮らしの中で受け継いでいってくれるでしょうか。日々を大切する暮らしが世代を超えて伝わればと願っている私です。
(ACT53仙台・平良千鶴子)


2017年02月27日月曜日


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