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<震災6年>心の復興へ宗教者向き合う

後世への思いを込めて供養塔を磨く松山さん(右)と菊地さん
今は亡き大切な人を近くに感じられるようにと、遺族に贈る仏像を彫る小池さん

 東日本大震災から6年の今年、犠牲者の七回忌を迎える。津波被害の記憶の継承を願い、供養塔を建てた寺院住職。亡き人を悼んで仏像を彫り、遺族に届け続ける僧侶。弔いの準備を進める被災地の宗教者は被災者の心の復興へ、それぞれの思いで向き合う。

<西向きに建立>
 津波で大きな被害を受けた仙台市若林区の昌林寺。今月、山門の脇に慰霊供養塔を建立した。震災時、約2メートルの津波に襲われた本堂と庫裏はヘドロとがれきで埋まった。住職の松山宏佑さん(70)は昨年5月、寺での暮らしを取り戻した。
 「供養塔は七回忌法要に間に合わせたかった。復旧作業や生活再建のさなかに迎えた一周忌や三回忌から時を経て、七回忌は落ち着いて故人をしのべる大事な法要になる」と松山さん。
 黒御影石製の供養塔には、津波の高さを示す印を約2メートルの部分に付け、津波避難の教訓「てんでんこ」の文字を彫り込んだ。
 檀信徒10人が犠牲となったが、名前は刻まない。全ての震災犠牲者に祈りをささげようと、「被災者」「殉難者」とだけ記した。
 「言葉に出せないほど深い悲しみを抱えたままの遺族もいる。さまざまな心のありように寄り添いたい」。そんな思いを託した。
 多くの命が奪われた東の海に向かって拝めるよう、供養塔はあえて西向きにした。
 自宅が被災した筆頭総代の菊地昭男さん(76)は「形あるものを残さなければ震災は忘れられる。寺を訪れ、津波への心構えを思い出してほしい」と願う。

<穏やかな表情>
 東松島市の清泰寺住職小池康裕さん(75)は亡き人を悼み、仏像を彫り続ける。七回忌法要で埋まる週末や葬儀を除き、昼夜を問わず、のみを握る。3月11日に寺で営む「報恩講」に合わせ、遺族に贈る。
 2003年の宮城県連続地震で壊れた本堂の柱で04年1月に作り始め、間もなく1000体に達する。
 間伐材や廃材から削り出す地蔵や観音像。新生児の背丈ほどの大きさで穏やかな表情を浮かべる。
 「周りの人も住む場所も全てが変わり、取り残された苦しみや悲しみがある。亡くなった人が一緒にいるという気持ちを支えに生きがいを持てなければ、本当の復興とはいえない」
 震災犠牲者約210人が墓地に眠る。一緒に逃げた孫が津波で流され、責めを負った祖父。子どもを3人亡くした母。「自分が死ねば…」。残された人の悔恨の叫びを何度も耳にした。
 仏像を手渡すと、なでたり、ほおずりしたり。亡き子や孫を慈しむように接する遺族の姿があった。
 「亡くなった人の恩や愛情を感じ取ることが生きるということ。心の通ったものを作りたい」。小池さんは亡き人と共に、生への思いを刻む。


2017年02月28日火曜日


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