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<震災6年>山元の幼稚園長 仙台で講演

命の尊さを説く歌を披露する鈴木園長(中央)と高橋さん(右)

 宮城県山元町の私立ふじ幼稚園の鈴木信子園長(58)が東日本震災後初めて、大勢の聴衆を前に当時の出来事や園舎再建などについて語った。園では大津波で園児と職員計12人が命を失った。震災発生から間もなく丸6年を控え、鈴木園長は「命と防災の大切さを伝えるのが使命」と心に刻んでいる。

 「やりたい事がいっぱいあっただろう。守り切れなかった子どもたちを一日たりとも忘れたことはない」。時折涙ぐみながら、募る思いを口にした。
 仙台市青葉区の市青年文化センターで25日あった県ユニセフ協会(泉区)の講演会。鈴木園長は2012年8月に同協会の支援で園が再建できた縁を胸に、壇上で話すことを決めた。
 鈴木園長はこれまで、園の関係者以外には、大学のゼミで震災時の経験を話しただけだった。「言い尽くせない思いがたくさんある。人前に出て語ることを拒んできた」と明かす。
 同園では、園庭に待機中の送迎用バスに乗っていた園児8人と職員1人、保護者に引き渡された園児3人の計12人が亡くなった。
 再開後、子どもたちが津波ごっこや葬式ごっこに興じる姿を目の当たりにした鈴木園長。「どうすれば心のケアができるのか。葛藤を抱える私や先生たちが、多くの方々の応援をもらいながら子どもと向き合ってきた」と振り返った。
 園では現在、園児の遺族とも協力し、きめ細かい避難訓練や命の尊さを説く「笑顔広がれプロジェクト」に取り組む。インターネットによる活動の発信やヒマワリの種の配布などを通じ、教訓の伝承に努める。
 講演には、長女ひな乃ちゃん=当時(5)=を亡くした亘理町の高橋ひろみさん(51)も来場。命の尊さを呼び掛けようと高橋さん夫妻が作詞し、園長が作曲した歌を披露した。
 鈴木園長は毎日、被災した園の跡地に足を運んでいるという。「震災後の世の中を生きる責任をしっかり務めないといけない」。今日も、あの日に別れた子どもたちに誓いを立てる。


2017年02月28日火曜日


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