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<あなたに伝えたい>息子誕生成長見守って

雪国で震災6年を迎える目黒さん。「会わせたかったな」。父の里舘さんを思い、恵多ちゃんを抱き上げる=会津若松市の自宅前

 里舘隆一さん=当時(58)=は、 岩手県大槌町安渡で妻文子さん(65)と生花店を営み、目黒奈緒美さん(38)ら2男1女を育てた。東日本大震災では近所の高齢者らを高台の安渡小まで車でピストン輸送。住民に避難を呼び掛けているうちに津波に巻き込まれたとみられる。

◎七回忌に寄せて(1)最後まで避難呼び掛けた父/目黒奈緒美さん(福島県会津若松市)から里舘隆一さんへ

 目黒さん お父さん、まだ実家に帰れば会えるような気がしています。間もなく七回忌を迎えるというのに。
 震災が起きた時、私は夫と仙台市で暮らし、3日後にまだ行方が分かっていないと知りました。たくましいからどこかで生きているはずだと信じていました。
 遺体が見つかったのは四十九日の4月28日。母が避難した小学校近くのがれきの下だったそうです。町内会の防災係のジャンパーを着て。最後まで避難を呼び掛けていたんですね。海まで5分足らずだった実家は津波でもうありません。
 一言でピシッと家の空気を引き締めるような昔かたぎだけど、地区ではムードメーカーみたいな存在。子ども好きで、店の前を登下校で通るたびにあいさつしたり、話し掛けたりしていました。
 野草や盆栽も好きでしたね。岩手県釜石市の製鉄所の関連工場を辞めて生花店を始めたのは、私が3歳の頃。店を開くなら花屋さんがいいって話したのを覚えてくれていたのでしょうか。
 震災から3年たった2014年3月、心の苦しい人たちの役に立ちたいと、臨床宗教師らと仮設住宅を訪ねる傾聴ボランティアを始めました。主に宮城県名取市に毎月1、2回通ううち、悩みを打ち明けてくれるようになりました。立ち直れる時間は人によって違います。
 今は夫の転勤で福島県会津若松市に暮らしています。結婚して10年の昨年7月、家族が増えましたよ。名前は恵多。元気な男の子です。孫を待ち望んでいたから会わせたかったな、かわいがってもらえただろうな。
 福島生まれの息子、宮城出身の夫、岩手で育った私。被災3県に縁がある家族として、震災を伝えていくことにずっと関わっていきたいと思っています。
 お父さん、どこかで見守ってくれてるよね。


2017年03月01日水曜日


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