岩手のニュース

<あなたに伝えたい>またお茶飲み話したい

移り住んだ高台団地からの景色を眺めながら散歩する花輪さん=岩手県宮古市田老三王

 舘崎ユリさん=当時(73)=は、妹の花輪チエさん(74)らと5人きょうだいで育った。2人の娘を育て、3人の孫、3人のひ孫に恵まれた。宮古市田老下摂待の自宅で夫、娘夫婦、孫夫婦、ひ孫の7人暮らし。津波に襲われた約1週間後、自宅から数百メートル離れた川のほとりで見つかった。

◎七回忌に寄せて(2)野菜出品が楽しみだった姉/花輪チエさん(岩手県宮古市)から舘崎ユリさんへ

 花輪さん ユリさんは5人きょうだいの2番目で私は3番目です。優しくてとにかく働き者。実家では飼っていた牛の世話や土木工事にも出ていましたね。20歳ごろに嫁いだ後は畑仕事。寝ても覚めてもいつも一生懸命でした。
 大根、ホウレンソウ、ニンジンにキャベツ。道の駅の産直施設に旬の野菜を出品するのが楽しみで、「あれもこれも売れた」と、うれしそうに話していたのを覚えています。
 ユリさんの家と私の家は車で30分ほど。月に1回はお互いの家を行き来して、お茶飲み話をしていました。いつも自慢の野菜をお裾分けしてくれましたね。
 震災直後、一度は家の裏山に家族と逃げたようですが、ガスの元栓を確認しようと戻る途中で津波にさらわれたと聞きました。私は田老中心部の家から高台に逃げていて、まさかユリさんが亡くなっているとは思いませんでした。
 あの日からもうすぐ6年。まだまだ悲しみは消えません。たまに夢を見るんです。他界した両親や私たちきょうだい、子どもに孫。みんなが集まって笑い合っている幸せな夢です。
 ユリさんはパンやドーナツを作るのが得意で、盆や正月、祭りで親戚が集まるときに振る舞ってくれました。素朴で温かみのある味は今でも忘れられません。
 私は今、防災集団移転で造成された高台団地の災害公営住宅に住んでいます。家を流されて約4年半、仮設住宅に住み、2015年11月に引っ越しました。見晴らしが良くて、毎日団地の中を散歩しています。
 ユリさんにも、この景色を見せてあげたかった。きょうだいみんな新しい家に招待して、またお茶を飲みながら話せたらいいのに。そういえば、もうユリさんの年齢を追い抜いてしまいました。ユリさん、あんたの分まで頑張ってるよ。


2017年03月02日木曜日


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